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科学思想史 [Classics in History]

科学思想史.jpg
坂本賢三
科学思想史(岩波全書)
岩波書店 1984年 x+322+8頁

凡例

序章 科学思想史の課題
第1章 古代オリエントの自然観
第2章 ギリシア科学の成立
第3章 アレクサンドリア科学
第4章 ローマの科学
第5章 西アジアの科学
第6章 前期中世ヨーロッパの科学思想
第7章 13世紀革命
第8章 中世末期の科学思想
第9章 近代科学の成立
第10章 産業革命期の科学思想
第11章 近代科学の展開
第12章 現代科学の思想

あとがき
事項索引

* * * * * * * * * *

坂本賢三(1931-1991)はもと神戸商船大学教授。三枝博音の謦咳に接したかどうかは知らないが、三枝についての文章もある。ひょっとすると個人的なつながりについて何か書いてあるかもしれない。
坂本賢三「『三枝博音著作集』 「哲学する」アンシクロペディスト」『世界』345(1974)326-329頁

私が坂本の名前に初めて触れたのは、ギャンペル『中世の産業革命』(岩波書店)の翻訳者としてである。樺山先生が講義で引用し批判していたので(訳文ではなくギャンペルの立論)、どんなものかと思って古本屋で漁った。革命かどうかは知らないが、中世における技術革新を滔々と論じた本で、それはそれで面白かった。その樺山先生は、後日ギャンペルの別の訳本(『「産業」の根源と未来 中世ヨーロッパからの発信』農山漁村文化協会 1995年)の監修をしていた。これも買って読んだ。

本書は哲学史でも技術史でもなく思想史である。いわゆる科学革命を基準とした価値判断を採用していないという点で、科学史に関心のあるものは必読である。正直解毒剤の効用がある。坂本は思想の特質を次のように述べる。

「すべての哲学は「時代の子」であって、それぞれ誕生の時を持っている。したがって、時の順序に従って哲学者の学説を並べれば哲学史になる。しかし、それが自明のこととして社会に受け入れられるには時間を要するし、種々の変形を受ける。たいていの場合、弟子ないしは信奉者たちの間で要点が整理され、創始者が古い思想を乗り越えるために格闘したことから起こる晦渋や回りくどい論理の運びは切り捨てられる。…そして、その哲学を用いて問題を解く上で基本的と考えられる結論的なもの、つまり世界観と方法が定式化され、教科書やカテキズムとなって受け入れられやすい形になる」(7頁)

列伝形式や概念連鎖の哲学史と異なり、思想史は時代のコンテクストと密接に連携する。「プラトニズムはプラトン哲学そのものではないし、マルキシズムはマルクス自身の哲学とは異なる」ことはわかっても、そのイズムの歴史、行ってしまえば受容史として思想史を描き出す困難は予想以上のものである。いまでこそ、受容史としての思想史は思想史の本流となりつつあるが、それでも随分と時間のかかる作業が必要であることに変わりない。

本書執筆当時、斯界の科学史には随分と不満があったようである。要するに、宗教と科学の闘争とか、中世は暗黒とか、の発展段階論的発想法の類がまだまかり通っていたらしい。もっとも、21世紀になってもなおそんな発想法にとらわれている人は少なからずいるので、本書が執筆された1980年代では致し方ないと思われる。

坂本に関しては以下の文献がある。
加藤尚武「坂本賢三教授を追悼して 時の手足はもぎ取られてしまった」『千葉大学人文研究』21(1992)1-7頁
「故坂本賢三教授略年譜・業績一覧」『千葉大学人文研究』21(1992)9-40頁
「故坂本賢三教授業績一覧追補」『千葉大学人文研究』25(1996)29-35頁

岩波全書は立派な叢書である。書き手も立派なら中身も立派。もちろん、経年のため情報は古びているが、古典としての価値は今なお揺るがないものが多い。右も左もわからない学部生が味読できるはずもないが、教科書はこれくらいの歯ごたえでちょうどいいと思う。近年これらが復刊されたことは喜ばしいが、個人的に表紙は以前の新装版(紺で楔形文字のマーク)のほうがよかった。それはともかく、本書は日本人の手になる名著なので、今後とも忘れ去られることなく、読み継がれてほしいと思う。

関係あるのかないのかわからないがメモしておく。坂本は神戸商船大学に奉職したが、近くの神戸大学の元教養学部は、伝統的に前近代科学史の専門家のポストになっている。青木靖三(1926-1977)、横山雅彦(1941-)、三浦伸夫(1950-)と来ている。日本にごまんとあるアメリカ語だの、イギリス文学だの、フランス史だの、ドイツ哲学だのと異なり、こういうポストは絶対につぶしてはいけないと思うが、今後どうなるのでしょう。
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