ヨーロッパ異教史 [Medieval Spirituality]
プルーデンス・ジョーンズ/ナイジェル・ペニック(山中朝晶訳)
ヨーロッパ異教史
東京書籍 2005年 395頁
第1章 新旧の異教主義
第2章 ギリシアと東地中海
第3章 ローマと西地中海
第4章 ローマ帝国
第5章 ケルト人の世界
第6章 後代のケルト
第7章 ゲルマン諸族
第8章 後代のゲルマン宗教
第9章 バルト諸国
第10章 ロシアとバルカン諸国
第11章 異教主義の復権
謝辞
索引
訳者あとがき
Prudence Jones and Nigel Pennick
A History of Pagan Europe
London: Routledge 1995
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類書がないので貴重といえば貴重だが、著者の経歴がアレだし、訳語もアレだし、いくらラウトリッジが原著とはいえ、依拠してよいのかどうかわからない。せめて註があれば判断のしようもあったが。ひょっとすると原著には註があったが、翻訳では削ってしまったというたぐいかもしれない。面白いのだけれど、ちょっと残念な感じ。
ヨーロッパで異教といえば、多神教である。キリスト教、ユダヤ教、イスラム教という一神教以外は、まとめて「異教」。いや、便利な述語である。対象宗教の神々が二体であろうが十体であろうが八百万であろうが「多神教」。1、2、3のつぎはいっぱいという、人口に膾炙したある部族(本当にいるのか?)の計算のようである。多神教なんてどうでもいいだろう感が漂う。
それはともかく、キリスト教信仰は、どのような信仰も経験したことのないまっさらな地にひろがったわけではない。どの土地も、すでになんらかの信仰があったことは言うまでもない。しかしながら、ヨーロッパ宗教史のような本を読んでも、その「なんらかの信仰」が何であったのか、明確に説明する記述は少ない。もちろんエリアーデのようなものを読むといろいろ出ているのだが、そこには一つの叙述の作法があり、まあ特定の宗教(そして神話)の勝利の道行ですよね。異教がどのような空間に広がりそこでどのように機能していたのかわからない。隔靴掻痒である。
シュミットの『中世の迷信』もそうだが、異教の研究はとても難しい。文献資料はまず期待できないし、考古資料もそのコンテクストがよくわからないので、どう扱うべきか合意が取れていない。宗教学者や考古学者は文献史料の扱いがひどいし、歴史学者は基本的にキリスト教の拡大という観点からしかものを書かない。期待して読んでもがっかりする論文が多々ある。
興味深いのは第11章。現代世界にも、フリーメイソンだとか異教協会だとかマルタ騎士団とかスカルアンドなんとかとか、よくわからない結社がある。ウンベルト・エーコなら小説にしそうな対象である。その実態が何であるのか一般人の私にはよくわからないが(だから秘密結社なのだが)、オカルトとか時代趣味の一言で片づけてはいけないものがあるように感じる。そういったものをもとめるメンタリティとそこを介した人的ネットワークは馬鹿に出来ない。むかしマルタ騎士団の名をかたった詐欺事件が日本であり、警察に就職した後輩に「マルタ騎士団って何ですか」と聞かれたことがある。一応答えたが、何かの役に立ったのだろうか。