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東方の驚異 [Sources in Latin]

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池上俊一訳
東方の驚異(西洋中世奇譚集成)
講談社学術文庫 2009年 163頁

はじめに 「インド」の幻想
1.アレクサンドロス大王からアリストテレス宛の手紙(ラテン語)
2.司祭ヨハネの手紙(1)(ラテン語ヴァージョン)
3.司祭ヨハネの手紙(2)(古フランス語ヴァージョン)

訳注
訳者解説
主要参考文献

* * * * * * * * * *

このシリーズの第一巻『皇帝の閑暇』は、かつて青土社から出ていた単行本を文庫化したもの。本巻は文庫オリジナル。講談社学術文庫は、ベーダの古英語版やギーズ夫妻の一連の中世ものの翻訳に見られるように、微妙に中世づいている。売れるわけないだろうと思っていたら、『皇帝の閑暇』は版を重ねていた。そのうえ、帯には宮部みゆきの推薦までついていた…。売り方次第なのかな。

ともあれ、プレスター・ジョンをめぐる史料ということで、待望の翻訳である。名ばかり高い史料であったが、こうして翻訳を見てみると、本当にこんなものに中世の貴顕が踊らされていたのか疑わしく感じる。確か、教皇の書簡もあったはずなので、本当は、司祭側からの書簡のみならず、それに付随するヨーロッパ側の反応もともに訳出すれば、本書の価値は一層高まったのかもしれない。

東方の驚異というテーマは、一般史学・文学・思想史学・美術史学の交錯する場であり、個人的には以前から興味を引かれている。日本語で読めるものとしては、ウィットカウアー彌永信美のものが一番質がよいだろうか。このテーマは、西洋中世のイマジネールにとどまることなく、より確実な情報を求める教皇庁やフランス国王による使節派遣まで含めた議論が可能である。後者に関してはポール・ペリオやジャン・リシャールの重厚な研究が私の手元にはあるが、まだまだ開拓の余地はありそうである。

東方の驚異はよく論じられるが、それでは、北方の驚異、西方の驚異、南方の驚異なるものはあるのだろうか。東方はキリスト教にとって特別な方位であることは言を待たない。しかしながら昨日講義の準備をしていて、西方浄土という考えもあったことに気づいた。西の海にとこしえの国(ティル・ナ・ノーグ)を求める、聖ブランダンである。北方は、チューレという最果ての島がある。各方位の観念史というのも、ひょっとすると可能なのかもしれない。

後書きによれば、訳者はこのシリーズを今後も続けていきたいらしい。訳者個人でするのかどうかは知らないが、「十巻くらいは出したい」そうである。バイタリティのある人間というのは恐ろしいな。

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