中世イギリス文学入門 [Literature & Philology]
高宮利行・松田隆美編
中世イギリス文学入門 研究と文献案内
雄松堂出版 2009年 453頁
前書きにかえて(高宮利行・松田隆美)
凡例
略号一覧
総論 中世イギリス文学の特色と歴史(松田隆美)
I. 主要な作家とジャンル
1.『ベーオウルフ』/Beowulf(Haruko Momma[山本伍紀訳])
2.古英語の世俗詩/Old English Secular Poetry(Haruko Momma[山本伍紀訳])
3.古英語の宗教詩 / Old English Religious Poetry(Haruko Momma[伊藤盡訳])
4.古英語の散文/Old English Prose(久保内端郎)
5.初期中英語文学/Early Middle English Literature(John Scahill[小竹直訳])
6.『修道女の手引き』とその作品群/Ancrene Wisse Group(和田葉子)
7.キリスト教教化文学/Literature of Religious Instruction(松田隆美)
8.中英語の聖人伝 / Middle English Saints' Legends(John Scahill[小竹直訳])
9.中英語の抒情詩と論争詩/Middle English Lyrics and Debate Poetry(松田隆美)
10.中英語ロマンス/Middle English Romances(田尻雅士)
11.アーサー王ロマンス/Middle English Arthurian Romances(高宮利行)
12.神秘主義文学/English Mystical Writings(久木田直江)
13.年代記/Chronicles(高宮利行)
14.事典と科学書/Middle English Encyclopedias and Scientific Writings(William Snell[大沼由布訳])
15.マンデヴィルと旅行記/Mandeville and Travel Narratives(大沼由布)
16.ジェフリー・チョーサー/Geoffrey Chaucer(高田康成・高宮利行)
17.ジョン・ガワー/John Gower(小林宜子)
18.ウィリアム・ラングランド/William Langland(Noriko Inoue[原島貴子訳])
19.『ガウェイン』詩人/The Pearl-Poet(田口まゆみ・松田隆美)
20.中英語の頭韻詩/Middle English Alliterative Poetry(井上典子)
21.ヴィジョンとアレゴリー/Vision and Allegory(松田隆美)
22.劇/Drama・Play・Theatre(土肥由美)
23.ジョン・リドゲイト/John Lydgate(A. S. G. Edwards[高木眞佐子訳])
24.トマス・ホックリーヴとシャルル・ドルレアン/Thomas Hoccleve and Charles d'Orléans(Julia Boffey[高木眞佐子訳])
25.ロバート・ヘンリソンとウィリアム・ダンバー/Robert Henryson and William Dunbar(A. S. G. Edwards[高木眞佐子訳])
26.サー・トマス・マロリー/ Sir Thomas Malory(加藤誉子)
27.ウィリアム・キャクストンと初期印刷本/William Caxton and Early Printed Books(向井毅)
〈英語以外の中世イギリス文学〉
28.中世イギリスのラテン語文学/Anglo-Latin Literature(高田康成)
29.アングロ・ノルマン語の文学/Anglo-Norman Literature(松田隆美)
30.中世ケルト語圏の文学/Medieval Celtic Literature(辺見葉子)
II. 中世文学研究のコンテクスト
1.中世イギリス文学とフィロロジー(小倉美知子)
2.中世イギリス文学と考古学(辺見葉子・伊藤盡)
3.中世イギリス文学と神話学、フォークロア(辺見葉子・伊藤盡)
4.中世イギリス文学と美術史(松田隆美)
5.中世イギリス文学と写本、書物史研究(徳永聡子・高宮利行)
6.中世イギリス文学と宗教(赤江雄一)
7.中世イギリス文学批評の現在(小林宜子)
8.中世主義の系譜(高橋勇)
9.現代における中世(小路邦子)
10.比較文学の可能性と方法論(小林宜子)
11.中世研究とデジタル化(松田隆美・徳永聡子・安形麻理)
III. 中世文学の原典に親しむために
1.古英語・中英語を学ぶために 文献案内(石黒太郎)
2.文献講読のための中英語入門(家入葉子)
3.英語以外の中世語入門
- 中世ラテン語(神崎忠昭)
- 古仏語(松村剛)
- 古北欧語(John Scahill[伊藤盡訳])
- 日本語訳で読める、英語以外の中世文学作品(松田隆美・伊藤盡)
4.古写本学・古書体学・書誌学(高宮利行)
5.中世研究とオンラインリソース(徳永聡子・Andrew Armour[徳永聡子訳])
関連年表(徳永聡子編)
索引
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安くはないが、値段だけの価値はある本。日本で専門家のいない分野は、現地の第一人者に原稿をお願いし、それを翻訳している。なお執筆者も翻訳者もほとんど慶應の関係者である。さすが英学の府。
知らないことが多いのでどの章も勉強にはなった。現在残っている古英詩は4つの写本の中にしかないとか、「古英語の詩は詩作法と主題の両面で、広く古代ゲルマン文化の枠内に位置づけられる」(16頁)とか、歴史の人間にとっても非常に重要なことではないかと思う。歴史も文学もテクストを用いるという点では共通するが、問題関心のあり方が違うし、歴史家は韻文を避ける傾向があるので、文学では当たり前と思われている事実も案外知らなかったりする。いやまあそれは私が知らないだけで、他の歴史家はもっと勉強しているのかもしれないが。
しかしもっとも印象に残ったのは中世フランス文献学の松村剛の文章。「学術誌に掲載された論文や書評論文は必須の道具である。中世史家ジョルジュ・デュビーが若い頃『アナール』誌を網羅的に読むことで自らの研究の方向と手法を練り上げていったという証言(『歴史は続く』)は、内容のある学術誌がいかに有益かを示す一例であろうし、逆に学術誌で欠点が詳細に指摘されたにもかかわらずシャルル・ブリュッケル『語源学』やベルナール・セルキリーニ『フランス語の誕生』のような本が日本語に訳されたのは学術誌を軽視している風土の産物といえる」(388頁)。…日本に書評文化はないし、書評を研究の一環と見なさない人も多いからね。大事なことだと思うんだけどね。
12世紀以前のブリテン史は北欧を抜きにして語ることはできない。それは文学も同じ。『ベーオウルフ』、『モルドンの戦い』、『アングロサクソン年代記』、『アルフレッド王伝』、『バイユー・タピストリ』など、北欧史の知識がなければ何のことかわからないだろうし、逆にそこにある情報は北欧史にとっても不可欠である。そういう意味ではきちんとした学識に基づいて北欧に突っ込んだ章があってもよかった。