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西洋音楽史 [Liturgy & Music]

西洋音楽史.jpg
岡田暁生
西洋音楽史 「クラシック」の黄昏
中公新書 2005年 xiv+243頁

まえがき

第1章 謎めいた中世音楽
第2章 ルネサンスと「音楽」の始まり
第3章 バロック 既視感と違和感
第4章 ウィーン古典派と啓蒙のユートピア
第5章 ロマン派音楽の偉大さと矛盾
第6章 爛熟と崩壊 世紀転換期から第一次世界大戦へ
第7章 20世紀に何が起きたのか

あとがき
文献ガイド

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新幹線の中で読もうと思っていた『音楽の聴き方』と並べて置かれていたので、ついでに購入。4年で10刷、アマゾンのレビューでも30件を越えるかなり高い評価。かなり売れているようである。

物語西洋音楽史といった趣で、一気に読み終えることができた。文章をずいぶん書きなれている人のようで、各章ごとにひとつのまとまりをもたせると同時に、全体としてひとつの物語となっている。ある楽曲に対する音楽批評家の物言いを引用しながら、自分の言いたいことを前に出す。専門用語もある程度はちりばめるけれども、それがわからなくても大筋を掴む問題にはならない。岡田温司佐藤卓巳の書きっぷりとよく似ている。…京都大学人文学の書き癖か?

著者の専門はロマン主義のクラシックらしい。音楽はただそれだけで価値を持つというわけではなく、時代環境の中で生み出され、意味を持ち、忘却され、再発見され、そして新しい意味を付与される。たとえば、中世の和音はドミソではなく、冷たい感じをかもすドソが基本であったが、それは音楽自体が安心感を生み出すことを目的としてはおらず、神学的雰囲気を帯びたものであるためであるらしい。社会史的音楽史といっていいだろうか。音楽は聴衆、楽器、楽譜、パトロン、思想といったものと切り離すことは出来ないというのは当たり前の事であるが、アマゾンのレビューを見る限り、そのような関心を音楽史の中に持ち込み、それをコンパクトにまとめたのは、少なくとも日本語では本書がはじめてであるらしい。音楽は単なるサウンドではなく、知性をもちいて聴くものであるというのが信念のようである。

「あくまで事実に基づき、かつ共同体規範を参照しつつ、その中に対象をしかるべく位置づけ、しかしそこから「私にとっての/私だけの」意味を取り出し、そして他者の判断と共鳴を仰ぐ。これこそが音楽解釈の真骨頂である」『音楽の聴き方』(164頁)

論文作法と何も変わらない。

わたしは音楽学に暗いので、現在の音楽研究がどうなっているのかよくわからない。歴史と美術、歴史と文学、美術と文学といった組み合わせはよくみるようになったが、音楽はなかなか他の学問分野とかんでいない。でも本書を読んで、これは一般史とも十分にかみ合う学問だなあと感じた。それは個人的には大きな収穫である。あとは、ドイツの18世紀から19世紀は異常であることか。著者はプロテスタント性に何がしかを求めているが、この点は一般史的な視点からもっと多くの分析ができるように思う。古典音楽に通じ、かつきちんとした分析能力のある一般史家がどれくらいいるのか、私にはわからないが…。

ただし中世該当部はなんだかなあという感じ。

「聖歌が生まれた中世は、現代のわれわれには想像もつかない世界だった。異端審問と火あぶり、巡礼と托鉢僧の行列、数々の災害と天変地異、悪魔の憑依、血を流すマリア像といった奇跡の数々…。人々は絶えず神の怒りに恐れおののいていた。映画『エクソシスト』のような世界を、彼らは本当に生きていたのだ。そんな時代にあって、ひんやりした修道院の中で絶えずこだましていたのが、修道士たちが歌う聖歌だったはずである…」。(7-8頁)

中世は『エクソシスト』のような世界だそうです。その映画、見たことないけど。私の記憶によれば、そもそもグレゴリオ聖歌が生まれたのはカロリング期である。異端審問も托鉢修道僧も血を流すマリア像もない時代である。

「十字軍の度重なる失敗、教会権威の失墜と堕落、ペストの大流行と死の舞踏への人気の高まり、教皇庁の分裂(シスマ)…。ホイジンガが『中世の秋』で描いた14世紀は、絶望的な時代であった。人々はこの世の終わりと偽メシアの出現に恐れおののいていた。有名な占星術師ノストラダムスがこの時代の人だったことも思い出しておこう。モテットは、この暗いアンシャン・レジームの時代に咲いた、艶やかな徒花だったといえるかもしれない」。(28頁)

私の知っている『中世の秋』は15世紀を舞台としているし、ノストラダムスは16世紀の人である。

…中世史家が音楽史に容喙する、少なくとも本書の著者と対話する余地は多分にありそうである。

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