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イタリア古寺巡礼 ミラノ→ヴェネツィア [Arts & Industry]

イタリア古寺巡礼.jpg
金沢百枝・小澤実
イタリア古寺巡礼 ミラノ→ヴェネツィア(とんぼの本)
新潮社 2010年 159頁

1.ミラノ 中世的世界の幕開け(サンタンブロージョ聖堂)
2.パヴィア 看板建築の起源(サン・ミケーレ・マッジョーレ聖堂)
3.チヴァーテ 山上に残された絶品(サン・ピエトロ・アル・モンテ聖堂)
4.ヴェローナ ロマネスクとジュリエット(サン・ゼノ・マッジョーレ聖堂)
5.アッピアーノ アルプスの小聖堂(アッピアーノ城礼拝堂)
6.チヴィダーレ・デル・フリウリ 古代と中世のかたち(サンタ・マリア・イン・ヴァッレ修道院聖堂祈祷堂)
7.ヴェネツィア 寄せ集めの聖地(サン・マルコ大聖堂)
8.トルチェッロ 聖母の島へ(サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂)
9.ポンポーザ 平原に聳える名塔(サンタ・マリア修道院聖堂)
10.ラヴェンナ モザイクと東ローマ帝国の栄華(サン・ヴィターレ聖堂)
11.モデナ 教会建築のお手本(モデナ大聖堂)
12.パルマ 中世とルネサンスの競演(パルマ大聖堂)

* * * * * * * * * *

日本人であれば、『イタリア古寺巡礼』といって思い浮かべるのは、通例和辻の文章である。しかしこの含蓄あるエッセイ、中世学者には違和感を覚える向きが多いのではないか。というのも和辻の言う「古寺」とは、ルネサンス期の美術品を納めたそれであり、彼の視線はルネサンスに向かっているからである。

本書で取り上げられる12の「古寺」は、中世、とりわけ初期中世からロマネスク期のものがほとんどを占める。いずれも中世建築の代表と目されるゴシック様式よりも古い。しかしながら、ヨーロッパ的な見方で言えば、ゴシックやルネサンスなど「古寺」ではない。ゴシック教会の多くはいまなお人々の生活に息づいているし、ルネサンスなど、そもそも「新生」や「復興」の意識と技術がモノの隅々にまでいきわたっている。古代の写実性も近代の遠近法もない時代、つまりローマ帝国崩壊後の5世紀頃から12世紀頃までが、キリスト教的ヨーロッパ世界の「古寺」生成の時代であるといえようか。

イタリアの中世というのは、周知のようでいて、そうではない。わが国の研究者の専門や旅行業界の関心が、ルネサンスにつながる中世盛期以降の都市に集中しているからである。その結果として、『イタリア都市社会史入門』や『声と文字』のような邦語の良書も生まれる。しかしそれらの中で詳細に論じられる都市的イタリアだけで中世のイタリアがわかったような気には、少なくともイタリア史家ならぬ私には、ならない。本書で試みられた、絵画史や都市史ではないイタリア中世というのもまた、かの滋味豊かな国の別の一面である。

イタリア、と一口に言うが、その地域差も大きい。古代帝国と教皇庁の記憶が重層し、しかしただ積み重なるだけでなく、中世世界全体に一刻一刻の変容を求めるローマは特別としても、イタリアの歴史過程は一様ではない。日本で言う都市的イタリアの中心は、食を含めた豊かな文化遺産をほこるトスカナ地方である。しかし、南北に伸びる半島は、北イタリアと南イタリア、半島東岸部と半島西岸部で、随分と異なる。本書で紹介されるのはあくまでも北イタリアであって、イタリアのすべてではないことを、読者は銘記すべきであろう。

本書に収められた美しい写真は、すべて撮りおろしである。読者は、まずは多様な貌をみせるイタリアの風土と渾然一体となってたたずむ聖堂のすがたを、それ自体として味わうべきであろう。しかるのちに、モノに即した美術史家の解説と、人物に焦点を絞った歴史家の薀蓄を吟味すればよい。


本書の内容についてもっとよく知りたい方は、以下のイベントへ。著者の一人が語る予定です。

「イタリア古寺巡礼」ギャラリートーク
日時:2010年9月26日(日)15:00~(開場14:30~)
会場:森岡書店(http://www.moriokashoten.com/)(中央区日本橋茅場町2-17-13)
詳細:無料 ※要予約(定員50名)

新潮社のサイトに詳細があります。



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