第四の十字軍 [Medieval History]
ジョナサン・フィリップス(野中邦子・中島由華訳)
第四の十字軍 コンスタンティのポリス略奪の真実
中央公論新社 2007年 496頁
はじめに
呼称に関する註記
プロローグ 皇帝ボードゥアンの戴冠
序章
第1章 発端
第2章 マルティンの説教
第3章 エクリーの騎槍試合
第4章 ヴェネチア協定
第5章 旅立ち
第6章 ザラ侵攻
第7章 アレクシオスの申し出
第8章 コンスタンティノポリス到着
第9章 最初の攻囲戦
第10章 勝利と緊張
第11章 大火
第12章 皇帝暗殺
第13章 征服
第14章 略奪
第15章 終焉と黎明
第16章 ラテン帝国の最期
終章
謝辞
年表
引用文献および註
人名索引
Jonathan Philipps
The fourth crusade and the sack of Cnstantinople
Penguin books 2005
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これはとても面白かった。分量はあるけれども、文献史料を徹底的に読み込んだ上での物語風叙述なので一気に読める。原著がペンギンなので、編集サイドからリーダブルなものをという注文が入ったのでしょう。レベルを下げることなくそれを見事にやってのけた著者はたいしたものである。プロの翻訳家による訳文もいい。慣用に反して伯爵や公爵になってるけど。
ただしこの翻訳書には致命的な問題点がある。(おそらく)文献目録が省略されている。註はついているのだが、そこでは引用文献が著者名と省略タイトルのみとなっている。一般人は専門書の文献目録など読まないと判断してのことかもしれないが、こうした行為は学術書の価値を著しく下げるのでやめるべきである。本書以外にも同様の過ちをおかした翻訳書を私はいくつか知っている。
世紀の愚行として名高い1204年の第四回十字軍については世界史をやった人なら誰でも知っているが、日本語で読めるものはほとんどなかった。通俗的な理解によれば、守銭奴のヴェネチアがビザンツの富に眼がくらんで聖地に向かうべき十字軍にコンスタンチノープルを略奪させた、だろうか。しかしフィリップスの分析は、そのような第四回十字軍の一面的な理解を退ける。そもそもにおいてビザンツ帝国内での皇帝をめぐる権力闘争があり、そこに、教皇、高位聖職者層、大陸騎士層、ヴェネチア商人らの思惑が相乗効果を発揮して、ラテン帝国の成立に結びついた、とのこと。
ヴェネチアに関心があったので積読を開いてみたのだが、以下の記述はなるほどと思った。
「…フランス部隊を聖地に輸送するのは、中世の商業活動でも前代未聞の重責を担うことだった。この任務を引き受けるには、ヴェネチアにある船舶のほとんどを総動員し、新しい船を建造する必要もありそうだった。この都市の人的資源をたった一つの計画に投じるのは相当な覚悟がいることだった。そうなれば、実質的に交易活動のすべてを停止しなければならない。…そんな要求を受け入れるには、確実な保証と莫大な報酬が必要だった」(112頁)。
十字軍側からの人員輸送要求は、中継交易に全てをかけているヴェネチアにとっては、一年にわたりその町の機能全体を停止させるほどの大問題だったわけである。商売は継続するからこそ信用が生まれそれが次の商売につながるのであって、こちらの都合で本年は休ませていただきますでは、ライバル(ジェノヴァ、ピサ、アマルフィ)に仕事をとられててしまう。当時の総督はヴェネチア総督史上もっとも著名かつ有能な老エンリコ・ダンドロ。だからといって第四回十字軍は仕方ないよね、とは言えないが。
著者はロンドン大学ロイヤルホロウェイ校教授で十字軍の専門家。テレビやラジオでも引っ張りだこらしい。それは専門的知識を一般にうまく伝える表現力があるのが理由のひとつ。でももっと大きな理由は顔じゃないか。テライケメン。弁舌さわやかなヴィジュアル系歴史家。日本でもこういう人が出てくれば歴史に関心を持つ人がもっと増えるだろうと思う。理系だと科学コミュニケータがクローズアップされてるわけだし。