イタリアの都市国家 [Medieval History]
D・ウェーリー(森田鉄郎訳)
イタリアの都市国家(世界大学選書)
平凡社 1971年 310頁
日本語版への序文
序章
1.権力の遺産
2.都市住民
3.政府
4.対外関係
5.内部の分裂
6.共和政の衰退
解説 イタリアの都市国家と現代(森田鉄郎)
参考文献
引用文献略記表
索引
Daniel Waley
The Italian city republics, 4th ed.
London: Pearsons 2009(1969)
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日本語で読めるおそらく唯一の中世イタリア都市概観。もちろん『イタリア都市社会史入門』という素晴らしい手引きもあるが、これは共著。かつて百科全書の平凡社が「世界大学選書」と銘打って刊行したシリーズの一冊。中世は、本書と、あと、ブーサール『シャルルマーニュの時代』、そしてノウルズ『修道院』がある。中世史家はいずれも必読。わたしが学生時代の頃古本屋でよく見かけたが(わたしは阪大近くの古本屋で買った)、いまはどうなのだろうか。
本書は昨年第4版が出た。トレヴァ・ディーンが共著者となり、内容をアップデートしているようだ。ウェーリーは共和政時代シエナの専門家であるが、ディーンはルネサンス期フェッラーラの専門家。共和政とシニョーリア政でバランスもよくなった。初版は6章までだが、追加の章がある。ともあれ40年間読み継がれている名著。邦訳は初版に基づく。
ヴェネツィア、ピサ、ジェノヴァのような交易都市はおくとして、イタリアの標準的な都市国家は、コンタードと呼ばれる農村世界と一体化し、そこから生産物を吸い上げるかたちでひとつの生活圏をつくりあげていた。古代世界において、ローマやコンスタンチノープルといった首都は、帝国全土から生産物を吸い上げ、それを再分配していたと聞くが、中世の都市国家はその縮小版と言えなくもない。生産・流通・消費という経済システムにおいても、共和政都市国家はローマを継承していた、というといいすぎだろうか。都市国家の説明でしばしば引きあいに出されるのは、シエナの市庁舎にあるアンブロージオ・ロレンツェッティのフレスコ画「善政と悪政のアレゴリー」である。都市部と農村部の対比なのだが、城壁で截然と二つの世界が分けられているという説明もできるし、都市と農村は一体であるといった説明もできる。
イタリアの都市国家とあるが、「北イタリア」の都市国家。共和政という政治システムが発達したのは、基本的に北イタリアである。北でコムーネが成立した時期にノルマン人国家が成立した南イタリアはまったく別のコンテクストにおかれていたので、その後の経過も異なる。アブラフィアが言うところの「二つのイタリア」である。現在のイタリアは、南で生産されたトマトを北が吸い上げてレストランで供給という構図。北が都市で南がコンタードという感じ。
訳者は神戸大学の元教授。発音にはこだわりがあるようで、固有名詞はイタリアの発音辞典に基づいてカタカナ再建している。ひとつ。ランゴバルド王国の首都Paviaは「パーヴィア」となっているが、わたしが現地で聞く限りでは、「パーヴィア」でも「パヴィーア」でもなく、「パヴィア」。全くのばさない。電車で隣り合わせた家族連れにも聞いたが、「パーヴィアかパヴィーアかどちらが正しいかだって?ノン、パ・ヴィ・ア」。わかんね。
読み直して驚いたのは、著者ウェーリーは、源氏物語の英訳で有名なアーサー・ウェーリー(1889-1966)の甥であったこと。調べたところアーサーの原稿や書簡類は、彼が学んだケンブリッジ大学のキングス・カレッジ文書庫に、甥の手によって寄贈されている。平川祐弘『アーサー・ウェイリー 『源氏物語』の翻訳者』(みすず書房 2008年)という本が出ているので、読んでみたいところ。