中世の時と暦 [Intellectual History]
アルノ・ボルスト(津山拓也訳)
中世の時と暦 ヨーロッパ史のなかの時間と数
八坂書房 2010年 266+x頁 2800円+税
序 中世の暦とヨーロッパの歴史
1.古代ギリシアにおける神の時間、自然の時間、人間の時間
2.古代ローマにおける世界時間と救済史
3.中世初期における復活祭周期と定時課
4.7,8世紀における世界年代と人生の日々
5.9世紀における帝国暦と労働のリズム
6.中世盛期における猶予された瞬間の認識
7.11,12世紀における与えられた時間とその利用
8.12,13世紀における時間の分解と統一
9.中世後期における暦の混乱と管理
10.14,15世紀における機械時計と歩調の相違
11近代初期における天界の機構と年代学
12.18,19世紀における時刻測定法と工業化
13.20世紀におけるコンピュータと原子年代
14.計算可能な時間と分配された時間
原注
あとがき
索引
Arno Borst
Computus. Zeit und Zahl in der Geschichte Europas
Berlin: Klaus Wagenbach, 3 ed. 2004
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中世学者は必読。書物の体裁をとっているが、本来はドイツ中世実証研究の牙城MGHの定期刊行物であるDeutsches Archivに掲載された長尺論考。古代と近世以降の部分を付け足して、書物と相成った。
故ボルスト(1925-2007)は、『バベルの塔。言語と民族の起源そしてその多様性をめぐる思考の歴史』という4巻6分冊の大著で名を知られた中世文化史家。かのヘルベルト・グルントマンの教え子であり、ドイツ文化史学の最良の例を提供する。日本語でも、藤代幸一訳『中世の異端カタリ派』(新泉社 1975年)と永野藤夫他訳『中世の巷にて 環境・共同体・生活形式』2冊(平凡社 1986年)を手にすることができる。
本書は、著者が膨大な時間を費やして追求してきた初期中世の暦学研究を土台に、(主として)中世人の時間感覚の変遷を短いページの中に詰め込んでいる。歴算法(コンプトゥス)、殉教者列伝、年代記(編年誌?)という三つの史料類型の関係や、アストロラーベ/算盤という計算道具がイスラム世界からヨーロッパに入ってくることによっておきる歴算法の変化など、日本語で読める類書ではなされていない指摘が興味深い。
- Das mittelalterliche Zahlenkampfspiel. Heidelberg: C. Winter 1986.
- Astrolab und Klosterreform an der Jahrtausendwende. Heidelberg: C. Winter 1989.
- Die karolingische Kalenderreform. Hannover: Hahn 1998.
- Der Karolingische Reichskalender und seine Überlieferung bis ins 12. Jahrhundert. 3 vols. Hannover: Hahn 2001.
- Der Streit um den karolingischen Kalender. Hannover: Hahn 2004.
- Schriften zur Komputistik im Frankenreich von 721 bis 818. 3 vols. Hannover: Hahn 2006.
以上、ボルストの暦学研究。総計すると、4000ページくらいある。初期中世文化史にとっては不可欠のモノグラフだろうが、とてもフォローできません。
本書は、DAの論文から出発しているため、註も充実して(学者であれば註も余さず読むでしょう)教育効果の高い本であり、本来であれば、創文社の「歴史学叢書」の一冊に収められるべき内容。したがって必ずしも初学者がすいすいと読み進められるような本ではありません。どこか心ある出版社が、各分野の専門家を編集顧問として、「歴史学叢書」のようなシリーズを編んでくれませんかねえ。一般読者はともかく、大学生や院生にとっては、著名人の一般的な概論よりも、註のしっかりした研究論文のほうが、はるかに役に立つんだけれども。