SSブログ

Master Keaton [Classics in History]

マスターキートン.jpg
浦沢直樹 脚本:葛飾北星/長崎尚志
Master Keaton 完全版(3)
小学館 2011年 312頁

ラーメンをすすった帰りにコンビニによったら3巻まで並んでいた。一冊1300円。学部時代と修士時代の2度、黒表紙の単行本版18巻本を全巻購入しているから、これで三度目である。今回は一冊あたりの収録数が若干多く、12巻の予定らしい。

父は動物学者、母は英国貴族。オックスフォード大学ベイリオル・コレッジ卒。13世紀にさかのぼり、アダム・スミスを輩出した学寮である。中世史であれば、由緒ある欽定講座教授をつとめたリチャード・サザーン卿が著名だろうか。考古学のかたわら、英国空挺部隊を経て、生活の糧を得るための保険調査員。サマヴィル・コレッジ卒の日本人妻との離婚歴あり、一女の父。

冒険活劇と言うほどには全体としての話の起伏は大きくない。が、外れのない佳作を積み重ねれば名作になるというよいお手本。何をネタ本にしているのか知らないが、毎回歴史ネタがうまくストーリーに載せられている。連載当時の浦沢直樹の担当編集者だった長崎尚志が提供していたようだが、大変な博学である(その知識が正確であるか否かはここでは措く)。よくある蘊蓄マンガと違って、その博学がストーリーに勝ちすぎない。深夜にやっていたアニメも、原作の雰囲気を割とうまく伝えてた。

全話を通じて一番人気があるとおぼしきは、恩師と再会する「屋根の下の巴里」(完全版第2巻所収)。辛酸をなめながらも、師弟二代にわたり、学び続けることの大切さを説く。同じ事を、デンマークの恩師のひとりが、退職後のご老体ばかりでしめられたゼミで述べていたことを思い出す。学者であるならば、もちろん、学ぶだけではダメである。知識を際限なく蓄積するのはディレッタント。蓄積した知識を活用して新しい知見を生み出すのが、学者の存在意義であろうか。


共通テーマ:学問

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。