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ヴァイキング時代 [Medieval Scandinavia]


角谷英則
ヴァイキング時代(諸文明の起源9)
京都大学出版会 2006年 287頁

目次
はじめに

第一章 「ヴァイキング時代」を考えるために
第二章 移動の時代 銀がたどった道
第三章 ヴァイキングを生んだスカンディナヴィア
第四章 ヴァイキング時代の社会
第五章 ヴァイキング時代の王権と都市

[注]
あとがき
ヴァイキング時代をより深く知るための文献案内
索引(逆引)

* * * * * * * * * *

「農民」にして「商人」にして「略奪者」。
これがここ数十年日本で人口に膾炙してきたヴァイキング像である。
そんな理念型のようなスカンディナヴィア人がどれだけいるのか私には疑問であるが、紀元千年前後のスカンディナヴィア人の多くが農業に従事していたことは確かである。

「ヴァイキング」の語源が何であるのか、定説はない。しかし、歴史学において「紀元千年後のスカンディナヴィア人」イコール「ヴァイキング」という図式は成り立たない。「ヴァイキング」は遠征活動に従事するスカンディナヴィア人とすべきであって、その言葉の適用をスカンディナヴィア人全体に広げるのはおかしい、と思う。

ともあれ本書はこれまでのヴァイキング関係の日本語作品とは毛色が随分と違う。何が違うかというと東方世界との交易活動に重心を置いている点である。ノルウェーとブリテン周縁部、デンマークとイングランド東部そして大陸、スウェーデンと東方世界というのは緊密に結ばれており、空間的に海で分かたれた遠隔地での動向が、スカンディナヴィア世界の社会変動や国家形成にも影響を与えていたと考えたほうがよい。

実はアラビア語資料の中にもスカンディナヴィア人の活動は記録されている。本書でも触れられているように過去の研究はいくつかあるが、おおもとの資料集として、
Alexander Seippel, Rerum normannicarum fontes arabici. Oslo, 1896-1928(rep. 1994).

これにはノルウェー語の翻訳もある。
Harris Birkeland, Nordens historie imiddelalderen etter arabiske kilder. Oslo, 1954, 177 s.

東方におけるスカンディナヴィア人の活動に関しては北欧学とアラビア学が協力しても良い分野である。アラビア語史料はユーラシアだけではなくてイスラーム・スペインにも残っている。場合によってはスラヴ学との連携も必要になる。もっとも、東スラヴ諸国家がスラヴ起源かノルマン起源かという問題がなお燻っているため、容易ではないだろうが。

本書は「諸文明の起源」というシリーズの一冊だが、「ヴァイキング文明」ではなく「ヴァイキング時代」である。このシリーズの他の書に「~文明」と表題されているものが多い中で異彩を放つ。なぜ「文明」という言葉を用いないのかは著者なりの理由付けがあり、第一章に記されている。

フランス人は「文明 civilisation」という言葉が好きらしい。みずからは文明の伝道者であるという自負があるのだろうか。他方お隣のドイツは「文明」という言葉に抵抗があるのかもしれない。あるフランス語研究書のドイツ語訳を読んだとき、フランス語では「civilisation」とされたところが全て「Kultur」に置き換えられていたのには参った。原文が醸していた空間的広がりが一気に消し去られたような気がした。私の感性がおかしいのかもしれないが。

情緒的であろうがなんであろうが、わたしは「ヴァイキング文明」でも「スカンディナヴィア文明」でも構わないと思う。歴史学は社会科学であると同時に人文学でもある。歴史叙述にあっては、ただ構成要素の分析をするだけで全てが収まるわけではない。と書いたが、読んで損はない本だと思う。著者の翻訳による
H・クラーク/B・アンブロシアーニ(熊野聰監修・角谷英則訳)『ヴァイキングと都市』(東海大学出版会 2001), 274頁

も良い本である。しかし1995年の原著公刊以降、ウップサーラ、ストックホルム、ルンドでは興味深い考古学的分析が次々と公になっている。それらのいくつかを利用している角谷による本のほうが刺激的ではある。巻末の文献案内にある文献よりも、注釈で引かれる文献を参照すべきである。北欧ではヴァイキング時代の歴史学が死に瀕する一方で、考古学者が意気軒昂である。文献史学はニルス・ロンやクラウス・クラークらを除いて殆ど誰も手をつけようとしない。西方との関係が主となるが、ヴァイキングの歴史学はアングロサクソン系の研究者の手に移りつつある。寂しいとは思うが、歴史学のポストが次々と削減されているように見える北欧では仕方のない趨勢なのかもしれない。

東方世界との関係で言えば、
マッツ・G・ラーション(荒川明久訳)『悲劇のヴァイキング遠征 東方探検家イングヴァールの足跡1036-1041』(新宿書房 2004), 240頁

も外せない。多分に想像力に頼っているところもあるが、ヴァイキング活動の重要な側面を扱っている。著者はかつてルンド大学で講師をしていたが、いまはフリーになったようである。理系出身の異色の研究者である。以前本を読んだとメールを出したら丁寧な返事をいただいた。


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