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吟遊詩人 [Literature & Philology]


上尾信也
吟遊詩人(Truth In Fantasy 72)
新紀元社 2006年 279頁

はじめに

第1章 歴史のなかの吟遊詩人
第2章 トルバドゥールの世界
第3章 トルバドゥール列伝
第4章 ミンネジンガーの世界
第5章 ミンネジンガー列伝
第6章 吟遊詩人とは

索引
参考文献/参考資料
おわりに

* * * * * * * * * *

著者は大学で教鞭をとる歴史家である。

上尾信也『音楽のヨーロッパ史』(講談社新書 2000), 256頁
上尾信也『楽師論序説 中世後期のヨーロッパにおける職業音楽家の社会的地位』(国際基督教大学比較文化研究会 1995), 269頁
上尾信也『歴史としての音 ヨーロッパ中近世の音のコスモロジー』(柏書房 1993), 253頁

というわけで大学生協の棚で見たときには驚いた。なぜ驚いたのかというと、このシリーズは「RPGオタ」が書くものだと思っていたからである。私がドラクエだとかFFだとか女神転生だとかをやっていた田舎中学生の頃、このシリーズの第1巻が出たので貪り読んだ記憶がある。それから72巻も出ているのにも驚いた。

ドラクエやFFの起源はウルティマやウィザードリのようなパソコンRPG、そのもとはD&DのようなテーブルトークRPG、さらに辿ればその世界観を提供したのはJ・R・R・トールキン『指輪物語』やC・S・ルイス『ナルニア国物語』のようなファンタジー小説である。トールキンもルイスも中世学者であることを想起するなら(ただし二人の中世観には大きな開きがある。というのもトールキンはゲルマン学、ルイスは神学の専門家であるから)、現在のコンシューマRPGが中世研究と深く結びついている事は自明である。

Jane Chance(ed.), Tolkien the Medievalist(Routledge Research in Medieval Religion and Culture 3). London: Routledge, 2002, 288 p.

C・S・ルイス(山形和美・永田康昭訳)『廃棄された宇宙像 中世・ルネッサンスへのプロレゴーメナ』(八坂書房 2003), 375頁
C・S・ルーイス(玉泉八洲男訳)『愛とアレゴリー ヨーロッパ中世文学の伝統』(筑摩書房 1972), ii+364+21頁

RPGが売り物にする「中世ヨーロッパ風の」世界と私の知る中世世界とはやや隔たりがあるように思うが、だからこそ専門の研究者がこのような形で中世愛好者の中に入り込んでいくのは好ましいのではないか。歴史家や専門書を引いての解説や膨大な欧語参考文献はさすがにプロの仕事である。

加えていえば、文学には文学作品のなかに反映される中世像を、表象文化論には映像作品で表現される中世像を、歴史学には近現代に受容された中世像を研究する中世主義研究があるのだから、RPGのなかに反映される中世像を検討する作品があっても良い。中世ヨーロッパを異文化としてしか捉える事のできない日本人、特に若い世代にとって、そのイメージの源泉となり続けているのはRPGゲームなのだから。

アリス・チャンドラー(高宮利行監訳)『中世を夢みた人々 イギリス中世主義の系譜』(研究社出版 1994), 436頁

Kevin J. Harty, The Reel Middle Ages. American, Western and Eastern European, Middle Eastern and Asian Films About Medieval Europe. Jefferson, North Carolina: McFarland & Company, 2 ed. 2006, 324 p.
Stuart Airlie, Strange eventful histories: The Middle Ages in cinema, in: Peter Linehan & Janet L. Nelson(eds.), The Medieval World. London: Routledge, 2001, p. 163-83.

著者も言うように中世学では通常「吟遊詩人」ではなく「宮廷詩人」という。宮廷詩人に関する研究は日本語でもいくつかあり、

アンリ・ダヴァンソン(新倉俊一訳)『トルバドゥール 幻想の愛』(筑摩書房 1972)
T・J・ゴードン(谷口勇訳)『アラブとトルバドゥール イブン・ザイドゥーンの比較文学研究』(芸立出版 1982)
ジャンヌ・ブーラン/イザベル・フェッサール(小佐井伸二訳)『愛と歌の中世 トゥルバドールの世界』(白水社 1989)
ピーター・ドロンケ(高田康成訳)『中世ヨーロッパの歌』(水声社 2004)

アンリ・ダヴァンソンはかのアンリ・イレネ・マルーの筆名である。

宮廷詩人の題材となった歌集の翻訳もある。

沓掛良彦編訳『トルバドゥール恋愛詩選』(平凡社 1996), 403頁
瀬戸直彦『トルバドゥール詞華集』(大学書林 2003), xxiv+347頁

瀬谷幸男訳『ケンブリッジ歌謡集 中世ラテン詞華集』(南雲堂フェニックス 1997), 218頁

高津春久編訳『ミンネザング ドイツ中世叙情詩集』(郁文堂 1978), 377頁
山田泰完訳『ヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ 愛の歌』(大学書林 1986), 215頁
ヴェルナー・ホフマン訳『ミンネザング ドイツ中世恋愛抒情詩撰集』(大学書林 2001), x+298頁

残念ながら本書では北欧の宮廷詩人、つまりスカルド詩人は扱われていない。


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