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フィンランド叙事詩カレワラ(上)(下) [Medieval Finland]


リョンロット編(小泉保訳)
フィンランド叙事詩カレワラ(上)(下)
岩波文庫 1976年 497+480頁

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北欧全体がそうであるが、フィンランドは民俗学の盛んなところであるらしい。民話が数多く伝承されているということなのだろう。人の疎らな土地になぜそれほどの民話が残ったのか私にはよくわからないが、ともあれ、かつてほどは民俗学の学問的有効性が囁かれることの少なくなった21世紀において、学問としての民俗学が成り立っている点はよいことなのだろうと思う。近年、といっても20年近くが過ぎようとしているが、
Reimund Kvideland & Henning K. Sehmsdorf(eds.), Nordic Folklore: Recent Studies. Bloomington & Indianapolis: Indiana UP, 1989, 258 p.

には、北欧を代表する民俗学者の論考が収録されている。ただし、北欧の特性を抽出する具体的作業よりは、方法論の反省が中心となる。

カレワラは、エリアス・リョンロット(Elias Lönnrotという綴りなので、スウェーデン発音ではレーンルートかなあ)(1802-1884)が収集したフィンランドの民俗伝承。1835年に35章に纏められ、出版された。まだ科学的収集方法が確立されていたわけでもなく、相当にリョンロットの手が入っている。「民族的叙事詩」などと他称される作品の例に漏れず、カレワラも、その文化的価値や学問的価値とは別の次元で、ナショナリズムの道具となる。フィンランドを代表する中世史家ヤルマリ・ヤーコッコラがその一端を担ったことに疑いはなく、このような研究も生まれている。

日本語による適切な解説書として、
小泉保『カレワラ神話と日本神話』(日本放送出版協会 1999), 262頁

現在に伝わるヨーロッパの民話が正確にいつ成立したのか、それを推し量ることは困難である。なんとなく中世だろうとするのは、グリム兄弟が郷土伝承に関心を持ち始めたロマン主義時代だから許された発想法で、伝統の創造の可能性を顧慮せねばならない現代歴史学では、そのまま通用することはない。しかし成立年代が比較的限定される中世説話やエクセンプラのなかに見え隠れする民俗意匠を巧みに引き出し、中世想像界の一端を明らかにしたのがルゴフやグレーヴィチ、シュミットであり、その業績は不朽のものである。
アローン・Y・グレーヴィチ著(中沢敦夫訳)『同時代人の見た中世ヨーロッパ 十三世紀の例話』(平凡社 1995), 527頁
ジャン=クロード・シュミット(松村剛訳)『中世の迷信』(白水社 1998), 228+xxiii頁

日本では西洋中世の死生観との関連で、エクセンプラ情報の面白さを阿部謹也が早くに紹介したが、それはグレーヴィチ論の借用である。

現在中世民俗学に関しては、大変便利な事典が出版されている。
Carl Lindahl, John McNamara & John Lindow(eds.), Medieval Folklore: An Encyclopedia of Myths, Legends, Tales, Beliefs, and Customs. 2 vols., Santa Barbara, Calif.: ABC-CLIO, 2000.

大学には入れてもらったが、個人用には縮約版ともいえる、
Carl Lindahl, John McNamara & John Lindow(eds.), Medieval Folklore: A Guide to Myths, Legends, Tales, Beliefs, and Customs. New York: Oxford UP, 2002, 470 p.

残念ながらこちらにはビブリオがない。安いから仕方がないか。

かつてドイツには法民俗学/法考古学と呼ばれる学問分野があり、それはグリムに始まりカール・フォン・アミラで花開いた。私の手元に崩壊寸前の一冊の手引書があり、
Cl. Frhr. von Schwerin, Einführung in die Rechtsarchäologie. Berlin: Ahnenerbe-Stiftung, 1943, 253 S.

という。本書が収められていたシリーズを統括していたのはカール・フォン・アミラであり、ルゴフの象徴体系論にも影響を与えた重要な研究であるが、出版社はかの「アーネンエルベ」である。近年ドイツでその成果をあまり聞かない法民俗学には、まだナチの呪縛がかかったままなのだろうか。

民俗知の対象と思われる描写はサガにもサクソにも少なからず記載されているが、北欧中世の民俗などというテーマの本や論文を私は見たことがない。私が無知なだけで、大量にあるのかもしれないが、そうだとすれば面白いテーマのようにも思う。『黄金伝説』も、そうかなとおもう。

写真はリョンロットを描いたリトグラフ。


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