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Jordanès: Histoire des Goths [Sources in Latin]


Olivier Devilliers(ed.)
Jordanès: Histoire des Goths(La Roue À LIVRES)
Paris: Les belles lettres, 1995, 227 p.

Introduction
- Les Goths
- De l'Histoire des Goths de Cassiodore aux Getica de Jordanès
- Lire les Getica
Notice bibliographique
Cartes
Traduction
- Préface
- Première partie. Les Goths unis
- Deuxième partie. Les Wisigoths
- Troisième partie. Les Ostrogoths
Notes
Repères chronologiques
Index

* * * * * * * * * *

ゴート人の歴史については、東ゴート王国のテオドリック大王のラヴェンナ宮廷に仕えていたカッシオドルス(485-578)が、『ゴート人の歴史』を記したのが最初であるが、残念ながら逸失している。私たちの手元にあるゴート人の情報は、このカッシオドルスの著作を下敷きにした六世紀の作品『ゲティカ、あるいはゴート人の起源について』から引き出されている。その著者が、コンスタンティノープル宮廷に仕えるヨルダネスである。

スカンディナヴィアの歴史に携わるものにとって、この『ゲティカ』を無視することはできない。というのも、第一書25節に、ゴート人の出自は「スカンザという島」と記述されているからである。これが事実であるかどうかというのはさほど問題ではない。大問題といえば大問題だが、それを確認しうるのは考古学者による発掘調査だけだからである。一般の歴史家にとって、なぜこの表現が重要かというと、それがゴート人がその集団アイデンティティとして有する民族起源神話であるからである。初期中世のゲルマン諸部族が、固有の起源神話をもち、それが民族統合の機能を果たしていたことは、周知の歴史的事実となっている。
Herwig Wolfram, Origo et religio. Ethnic traditions and literature in early medieval texts, in: Early Medieval Europe 3(1994)

今や、民族移動期の歴史を考える上で、各部族のアイデンティティの問題を等閑視することはできないが、ウォルタ・ゴファートやパトリック・ギアリのような構築主義的解釈と、ヘルヴィッヒ・ヴォルフラムやワルター・ポールのような本質主義的というか物質主義的解釈に、議論は二分されているように見える。文献のみの依存すれば前者の解釈は成り立つが、考古遺物を考慮するならば、後者の可能性を考えねばならない。折衷するならば、「各部族には、出発点では差異があるが、その差異は歴史的経験を重ねるにしたがって次第に変化するため、当初の差異が最後まで残存すると必ずしも言う事はできない」という、はなはだ持って回った言い方になるだろうか。

スウェーデンにおいて、このゴート人のスカンディナヴィア起源説は、十六世紀になってぶり返した。六世紀に定式化された議論が、時代を経て再び表舞台に浮かび上がってきたことには理由があり、それはグスタフ・ヴァーサ以降強国の時代を迎えるスウェーデン国家がおかれたコンテクストを十分に汲み取らねばならない。もちろん、政治や外交というコンテクストのみが規定したわけではなく、スウェーデン独特の知的風土、そして「文芸共和国」とよばれる、ラテン語で結ばれた近代初期のヨーロッパ言論界の動向も考慮しなければならない。この「ゴート主義 Gotisism」の研究は、ヨーゼフ・スヴェヌング以降、スウェーデンにおいては比較的論じられてきた問題であるが、研究文献のほとんどがスウェーデン語であるため、現地以外で知られるところは少ない。もったいない話である。しかし、同時代のヨーロッパ各王室も、固有の起源神話をもっていたのであろうか。もっていたら面白いのだけれど。起源神話の改変、起源神話の外交、起源神話の戦争… もっていなくても面白いか。周りの空気が読めず、一人起源神話を高揚させるスウェーデン…

調べたらこんな論文があった。
佐々木博光「普遍史から国民史へ ヨルダネス『ゲティカ』の成立と受容について(上)(下)」『歴史研究(大阪府立大学)』35(1997), 1-22頁 & 同36(1998), 85-136頁

→読んでみた。『ゲティカ』の成立について特に得るところはないが、ルネサンス期以降の受容については有益である。スヴェヌングやクラウス・フォン・ゼーの議論を下敷きにしており、日本で紹介されることの少ない事実である。また、古くはあるが、
出崎澄夫「中世初期の民族史 歴史記述にあらわれたシュタム意識」『中世の歴史観と歴史記述』(創文社 1987), 69-88頁

は、ヴォルフラムによりながら、基本的なデータを提供する。

前置きが長くなったが、本書は、最新のヨルダネス翻訳書である。それも、これまで通用していたMGHにはいっているモムゼンの刊本ではなく、1991年にイタリアで公刊された、新発見の写本に基づく刊本によっている。イントロを読む限りでは、両者には結構な相違があるらしい。1991年版は、残念ながら日本の公的組織では購入されておらず、見比べることができない。基本文献は次の三冊。
Fr. Giunta, Jordanes e la cultura dell'alto medio evo. Palermo, 1952.
O. Giordano, Jordanes e la storiografia del VI secolo. Bari, 1973.
N. Wagner, Getica. Untersuchungen zum Leben des Jordanes und zur frühen Geschichte der Goten. Berlin, 1967.

私の知る限り、近年のものとして、
Arne Søby Christensen, Cassiodorus, Jordanes and the history of the Goths: Studies in a migration myth. København: Museum Tusculanum Press, 2002, xi+391 p.

彼の博士論文である。私はコペンハーゲンでこの公開審査に出席した。審査員はイアン・ウッドとニルス・ロンの二人。かつて演劇に足をつっこんでいたと仄聞するウッドは流れるような弁舌、それも知的に洗練された弁舌で、被審査員にほとんど反論の余地を与えなかった。他方、ニルスは、一言突っ込むたびに会場の笑いを取っていた。人文学部の大教室を利用した審査会場には、百人ほどが詰め掛けており、まるで劇を見ているかようだった。

必読は、
Walter Goffart, Jordanes and his three historians, in: Id. The Narrators of barbarian History(A. D. 550-800): Jordanes, Gregory of Tours, Bede, and Paul the Deacon. Notre Dame. Indiana: University of Notre Dame Press, 2005, p. 20-111.

である。1988年が初版となるが、2005年版には、34頁にわたる序文が付されている。また、その直後に執筆された、
Walter Goffart, Jordanes's Getica and the disputed authenticity of Gothic origins from Scandinavia, in: Id. Barbarian Tides. The Migration Age and the Later Roman Empire. Philadelphia: University of Pensylvania Press, 2006, p. 56-72.

も併読すべきである。これは2005年にSpeculum誌にでた論文を書き直したものであり、厳密な文献学的解釈である。本書に収録されたそのほかの論考も、民族移動期を考える上で、不可欠のものであろう。ゴファートの議論は、少々破壊的でもあるが、傾聴すべき論点を含んでいる。日本で民族移動期を専攻する研究者は必ずしも多くないが、もっと論文が増えてもいいように思う。


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