SSブログ

紀元千年 [Classics in History]


ジョルジュ・デュビー(若杉泰子訳)
紀元千年(公論選書1)
公論社 1975 211頁

序論 証人たち
1.歴史の感覚
2.精神的メカニズム
3.見えるものと見えざるもの
4.紀元千年忌におきた不可思議事
5.解釈
6.浄め
7.新らしい契約
8.飛躍的発展
年表
引用文献
あとがき(安藤孝行)

Georges Duby
L'An Mil
Paris: Gallimard, 1967.

* * * * * * * * * *

本書の存在を知って以来十年近く探し続け、ようやく入手できた。NACSISを検索してもらえばわかるが、旧帝大と早慶上智という研究機関は、いずれも本書を所蔵していない。まったくもって恐るべき結果である。

著者デュビーについて贅言は必要あるまい。フランス中世史の申し子とでもいうべき巨人で、美文でならし、日本でも少なからぬ翻訳がある。しかし、研究史的に見て重要と思われるものに限って、十分な紹介すらされていない。
Georges Duby, Guerriers et paysans, VII-XIIe siècle: premier essor de l'économie européenne. 2 vols., Paris: Gallimard, 1962.
Id., Les trois ordres, ou, L'imaginaire du féodalisme(Bibliothèque des histoires). Paris: Gallimard, 1978, 428 p.

翻訳計画はあったのかもしれない。ただし、両者とも大部であり、そのうえ、後者のフランス語は、ことのほか難解である。中世フランス史とフランス語双方に通じる達人でなければ、難しいだろう。

本書は、その叙述の半ば以上を、史料証言が埋める。ラウル・グラベル、アデマル・ド・シャバンヌ、ラン司教アダルベロンという、紀元千年の証言者たちの叙述を巧みに切り取り、デュビー自身の解説は極力抑えている。史料をして語らしめるという作業は、言うほどに簡単ではない。とりわけ叙述史料には、多分にその執筆者の意図が入っており、その意図を見抜かなければ、個人の思い込みをして時代の趨勢と捉えかねない。なにせ相手は「気狂い」と酷評されるラウル・グラベルである。デュビー自身は、三十そこそこで公刊した博士論文において、五千通(だったかな)にもおよぶクリュニー系修道院の証書史料を読み込むことによって、すでに紀元千年の空気を自らの体に染み込ませていた。叙述史料を扱ってなお保たれるデュビーのバランス感覚は、この基礎作業があってこそである。

さて、紀元千年の社会変動をめぐる研究は、三千年紀を迎える前後に急増した。なかでも、「紀元千年の恐怖」といわれる中世人のメンタリティに関する問題は、そのような恐怖はなかったとするフランスのシルヴィアン・グゲナムと、あるとするドイツのヨハンネス・フリートとの間で、専門誌上で激しい議論が戦わされた。しかしこれは、あったとかないとか二者択一的な結論が導かれる問題ではなく、社会階層や地域性を意識して設定しなければならない問題である。私見を述べるならば、いわゆる「終末意識」や「終末信仰」は、聖職者の間では確実にあった。とりわけ、ヴァイキングの侵攻を受けていたイングランド、イスラームとの戦闘を繰り返していたスペインやイタリア、マジャールの攻撃の防波堤となっていたドイツ語圏南西部では、フランスやドイツの内陸部に比べれば、はるかに激しい「受難」に曝されていた。王侯のみならず人々に向けて説教の任を担っていた聖職者は、そのような未曾有の危難を意識し、彼らの歴史意識に照らし合わせて、整合性のある説明原理を持ち出さなければならなかった。デュビーの後任でもあるクロード・カロッツィなども指摘していることであるが、紀元千年前後には、聖職者の間で年代計算に関する関心が高まっていた。わたくしなどはそのような関心の高揚の背後に、「終末意識」の高まりを見るのだが、詰めて考えたわけではないので、今後の課題としたい。まあこのまま一生手をつけないかもしれないが。

翻訳者は中世フランス文学の専門家。京都大学で学び、岡山大学で教鞭をとっていた。しかし、本書の草稿を仕上げた段階で急逝し、彼女を良く知る安藤が、浄書して公刊の運びとなった。固有名詞や専門用語の訳にはかなり難があるが、そうした問題点をクリアした上で、本書は復刊されるべきである。40年も前の作品であるが、内容面では古さを感じさせない。もっとも、本書を出版した公論社なる出版社は、最近書店で目にもしないし、ググってもひっかからない。つぶれたとするならば、版権はどうなっているのだろう。

写真はデュビー。どこの部屋かはわからないが、渋いですね。


nice!(0) 
共通テーマ:学問

nice! 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。