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ケルトの水脈 [Early Middle Ages]


原聖
ケルトの水脈(興亡の世界史07)
講談社 2007年 374頁

はじめに とりあえず、ケルトとは何か
第1章 「異教徒」の信仰
第2章 巨石文化のヨーロッパ
第3章 古代ケルト人
第4章 ローマのガリア征服
第5章 ブリタニア島とアルモリカ半島
第6章 ヒベルニアと北方の民
第7章 ノルマン王朝とアーサー王伝説
第8章 ケルト文化の地下水脈
第9章 ケルトの再生
おわりに 結局、ケルトとは何か

参考文献
年表
主要人物略伝
索引

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この「興亡の世界史」は、講談社創業100周年記念事業だそうである。このご時勢に興亡もねーだろと思っていたが、執筆人を見る限りなかなか面白い布陣である。予告が打たれたとき、生井英考のアメリカや姜尚中の日本帝国と並んで、本書はもっとも気になっていた巻である。

日本の(一部の)研究者のあいだでは、どうも「ケルト」という言葉に、極端なアレルギーがあるらしい。とりわけアイルランド。ヒーリング・ミュージックのエンヤや美術史家の鶴岡真弓のおかげで一時期アイルランドが注目され、それを各界が「ケルト」の凝縮された場として紹介したものだから、いやそうじゃないでしょという異議が盛んに申し立てられた。とりわけ初期中世のアイルランドに関心を持つ研究者からである。そこには文化同質性と構築主義的概念への違和感がおそらくある。強烈なインパクトを残した動向論文として、
田中美穂「「島のケルト」再考」『史学雑誌』111-10(2002), 56-72頁

「ケルト」と言う言葉はたしかに一種の神秘性というか文学的曖昧さを持ち、それがすべてを解決するかのような錯覚に陥らせる。スカンディナヴィアの「ルーン」に近いものがある。しかし門外漢から見れば、これはこれで一種のアイルランド・ナショナリズムのようにも見える。というのも、「ケルト」という枠組みを取り払ってはみたものの、意識的か無意識的かは知らぬが、アイルランドは特殊という、これまた外部からの説明を拒む地域特殊論的な理解が進んでいるように見えるからである。俗語の法がある、数百人の「王」が乱立している、修道院による在地支配体制が確立している…。確かにいずれも事実であるが、特殊性とは共通性を前提としてこそ意味を持つ。特殊であると主張するならば、その特殊性が何に起因するものかを説明するのが歴史家の役割である。

アイルランドは、ブリテン史という枠組みではブリテン諸島の一部にすぎず、ヨーロッパ言語史という観点に立てばケルト語族のひとつが残余した周縁(というとぶちきれる人がまたいるのかもしれませんが、地理的には否定できない事実です)であり、キリスト教史に位置づければ初期中世におけるひとつの信仰中核地である。ちなみに初期中世北海史から言わせてもらえば、アイルランドをそれ自体として理解することは難しく、オークニー諸島からスカイ島やマン島を経てウェールズへといたる「ノルウェー系ヴァイキングの海」の一部である。個人的な関心からいえば、アーノルト・アンゲネントらが接近したようなアイルランドと教皇庁との関係はもっと研究されてしかるべきである。具体的には宣教や贖罪規定書の問題である。キリスト教史的位置からすればアイルランドは確かに「特殊」だが、その特殊性は、在地的特殊性とは一線を画す、ヨーロッパ史的特殊性である。

話はそれたが、そもそもは言語学的概念であるケルト諸語が残余するスコットランド、アイルランド、ウェールズ、コーンウォール、ブルターニュを中心に、ヨーロッパにおける「ケルト」の足跡をたどったのが本書である。著者はブルターニュの言語問題の専門家であるが、このケルト概念について近年次々と読むに値する議論を展開しており、どれも私は楽しませてもらった。
原聖『「民族起源」の精神史 ブルターニュとフランス近代』(岩波書店 2003)

ケルト、ケルトとよく聞くが、その「ケルト」の実態について論じた日本語著作は多くなく、とりわけ中世を論じたものは皆無に等しかった。もちろん本書がその全貌を伝えているわけではなく、基礎的な事実(それもかなり選別されている)に限定されているが、それでも、学部レベルの初学者がひもとくにはちょうど良い記述量である。著者の専門のせいか、民俗学的伝承がしばしば議論に織り込まれているのも新鮮であった。もちろんそのような伝承の成立時期を確定するのは不可能に近いという点は留意しなければならない。

しかしドルメンとメンヒルがブルターニュの言葉(ブレイス語)だとは知らなかった。


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