古代ローマの来世観 [Early Middle Ages]
フランツ・キュモン(小川英雄訳)
古代ローマの来世観
平凡社 1996年 295頁
序
歴史的展望 序論
第1講 墓の中の来世
第2講 冥界
第3講 天界における不死
第4講 不死の獲得
第5講 不慮の死
第6講 彼岸への旅路
第7講 地獄の責苦と輪廻
第8講 至福者の恵み
原注
訳者あとがき
索引
Franz Cumon
After Life in Roman Paganism.
New Haven: Yale University Press 1922
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とても美しい本である。死にまつわる本を美しいというのは問題があるかもしれないが、読めばわかる。実のところ、このようなとりわけ死を扱う精神史的著作は、ナチス時代のドイツ語圏で詳細に研究された。それは総統がオカルトに関心を持っていたこと、ドイツに限らず時代の趨勢がフェルキッシュな事々に関心を寄せていたこと、その結果として民俗学が民族学が深化をとげたことなどの複合結果である。今ではほとんど禁書のごとき扱いとなっているが、ヒムラーに組織されたナチスの学術機関アーネンエルベでの研究には、もう少しまじめに向き合ったほうが良い。
Michael H. Kater, Das "Ahnenerbe" der SS 1935 - 1945 : ein Beitrag zur Kulturpolitik des Dritten Reiches(Studien zur Zeitgeschichte 6), 4 Aufl. München: Oldenbourg 2006.
ちなみにアーネンエルベの紋章は、ルーンで書かれている。ヴァイキング研究にとって不可欠の成果を生み出したヘルベルト・ヤンクーンは、アーネンエルベの大物である。キュモンはベルギー人でナチスとは関係ないが、ヒトラーは不死に随分とご執心であったらしい。ヒトラーの教養がどの程度であったのかは知らないが、本書のような観念史を嗜むことはできたのだろうか。できていれば、第三帝国など存在はしなかったか。
ローマ時代の精神史は日本であまり聞かない。まさか未だに「ギリシア人は精神活動に長じ、ローマ人は実利活動に精を出した」とかいうカビの生えた理解があるわけではなかろうに。中世ほどではないにせよ、文献や考古遺物の数からすれば、ギリシアよりローマのほうが精神史にもアプローチしやすいと思うのだが。ただ、技術的にラテン語が読めるだけではどうにもならないので、あまり研究者が生まれないのかもしれない。東京大学の死生学は曲がりなりにも人文学を標榜するのであればこういうのをやればいいと思うよ。来世観の観念史なんて日本で誰もやったことがないでしょ。プロジェクトに歴史家がほとんど関わっていないから難しいと思うけど。
いくらネットが発達しても古本屋巡りはしてみるもので、これは三宮で2000円也。いずれちくま学術文庫に収録されるのかもしれないけれども。キュモンのもう一冊の翻訳書『ミトラの密儀』は、なかなか出回らない。