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狼男伝説 [Classics in History]


池上俊一
狼男伝説
朝日新聞社 1992年 339+xvii頁

序章 ヨーロッパ中世の想像界
第1章 狼男伝説
第2章 聖体の奇蹟
第3章 不思議の泉
第4章 他者の幻像
第5章 彼岸への旅
終章 イメージの歴史的変遷

あとがき
参考文献

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必要があって寝る前に読み返したが素直に面白かった。中世ヨーロッパのイマジネールを正面から扱った、たぶん日本で唯一の本である。池上の著作はほかにも著名なものがたくさんあるし、本書は絶版のうえ増刷もされていないのでそれほど注目はされなかったのかもしれないが、私には池上の著作の中で本書が最も好もしい。バカ売れしたドラクエIIIやVよりもバランスの悪いIIのほうが面白かったと感じるような人間だからだろうか。

1992年は池上にとって怒涛の年である。すでに『動物裁判』(講談社現代新書)はあったが、この年は本書に加えて、『歴史としての身体 ヨーロッパ中世の深層を読む』(柏書房)、『魔女と聖女 ヨーロッパ中近世の女たち』(講談社現代新書)、さらにジャック・ルゴフ『中世の夢』(名古屋大学出版会)の翻訳を出版する。フランスから帰国した池上は当時横浜国立大学助教授職にあったが、まだ36才である。立て続けに出る一連の著作を読んでこの人面白いなと思っていたのだが、私が専門課程に上がった年に駒場に移動し、本郷でも非常勤をやってくれた。テーマは想像界ではなく図像学だったが。パノフスキー、バクサンドール、バークを使ってレポートを書いた記憶がある。

取り上げられる事実は別に目新しいものではない。キリスト教史や文学史を紐解けば、まあどこかでは触れられているたぐいの話である。が、それを確立された分野史ではなく、中世特有の想像世界の通時的変遷というコンテクストで鋳なおすと、このような結果となる。「超自然性-人間性-自然性」、「彼岸ないし来世のイメージ」、「外部のイメージ」、「歴史的英雄のイメージ」という四つのイマジネールに収斂する本書のイマジネール理解は、19世紀から20世紀前半のドイツ語圏で培われた歴史民俗学のデータに、フランス流の構造主義的理解をかぶせたかのようである。民衆だけではなくエリートもそのように理解していた驚異(メルヴィユー)の世界。

この驚異の世界も、それを基層文化の反映と見るならば地中海側と北海側で、ケルト語圏とゲルマン語圏で、イスラムの脅威に怯えていた地域とアフリカからの富が流入していた地域で随分な差があったのだろうとは思うが、それは別の話である。文化圏や中心/周縁/辺境といった枠を持ち込めば、別の絵も見えるのかもしれない。

写真は東京大学農学部に保存されるニホンオオカミの剥製。


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