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The Inheritance of Rome [Early Middle Ages]

The Inheritance of Rome.jpg
Chris Wickham
The Inheritance of Rome. A History of Europe from 400-1000(The Punguin History of Europe)
Allen Lane: London 2009, xxxi+651 p.

Lisf of maps
List of illustrations
Acknowledgements

1. Introduction

Part 1: The Roman Empire and its break-up, 400-550
2. The weight of empire
3. Culture and belief in the Christian Roman world
4. Crisis and continuity, 400-550

Part 2: The post-Roman West, 550-750
5. Merovingian Gaul and Germany, 500-751
6. The West Mediterranean kingdoms: Spain and Italy, 550-750
7. Kings without states: Britain and Ireland, 400-800
8. Post-Roman attitudes: culture, belief and political etiquette, 550-750
9. Wealth, exchange and peasant society
10. The power of the visual: material culture and display from Imperial Rome to the Carolingians

Part 3: The empires of the East, 550-1000
11. Byzantine survival, 550-850
12. The crystallization of Arab political power, 630-750
13. Byzantine revival, 850-1000
14. From 'Abbasid Bagdad to Umayyad Cordoba, 750-1000
15. The state and the economy: Eastern Mediterranean exchange networks, 600-1000

Part4: The Carolingian and post-Carolingian West, 750-1000
16. The Carolingian century, 751-887
17. Intellectuals and politics
18. The tenth-century successor states
19 'Carolingian' England, 800-1000
20 Outer Europe
21 Aristcrats between the Carolingian and the 'feudal' worlds
22. The caging of the peasantry, 800-1000
23. Conclusion: trends in European history, 400-1000

Notes and bibliographic guides
Index of names and places

* * * * * * * * * *

現役初期中世史家としては最高峰のウィッカム御大が執筆する初期中世通史ということで、出版前から成功が約束された作品。ペンギンなので、教養人であれ学生であれ、世界中の誰もが読むし、今後のスタンダードになっていくことでしょう。中世史でなくとも読んだほうがいいよ。

本書でウィッカムは、初期中世の歴史叙述は、ナショナリズムとモダニティの犠牲であったとする。ナショナリズムは19世紀の民族のカテゴリーから遡及的に国家を規定し、モダニティは偉大なるローマ崩壊後、暗黒の中世から近代社会に向かって、人間社会は単線的に進化するという図式に歴史の流れをはめこむ。さすれば、初期中世など、歴史の位置においてなんら価値をもつ時代とはならない。しかしながら、日本の大学の教養課程や高校の教科書など、ひょっとするとまだこの程度の理解ではないか。いまどき中世暗黒とか言う人は流石にいないだろうが、初期中世は蛮人の跋扈する混乱期とみなす人は、まだ少なからずいるかもしれない。そうではなく、ウィッカムは、初期中世には初期中世独特のシステムのあることを主張する。カロリング期の教皇庁がグレゴリウス改革に向かってすべてを準備していたわけではないように、未来は決定されていない。これはさきのアルトーグの議論と重なるかもしれないが、個人や集団にとって未来は開けており、目的論的な記述はその開かれた未来を窒息させる。それを感じさせるような叙述のさじ加減は、とても難しい。

という風に見ると、樺山紘一の『ゴシック世界の思想像』や池上俊一の『ロマネスク世界論』と同じく、特定の時代を前後の時代から摘出して一種の理念型をつくりあげているかのように感じるかもしれない。しかしそうではない。ウィッカムは、カロリング秩序を中核とする初期中世を確かに切り出された時代として描いてはいるが、前後の時代との断絶を強調してはいない。むしろ、タイトルから明らかなように、帝政ローマ的システムの継承者としての初期中世、そして盛期中世ヨーロッパ的秩序を準備した初期中世を描き出そうとしているように見える。ただし、ウィッカムはヨーロッパ各地の地域秩序の重要性は強調する。すべての地域が同じような展開をしているわけではなく、異なる時間が流れている。初期中世という端境の時空に価値を与えつつ、前後の時代との相関のなかで意味を持たせるとでも言えばよいのだろうか。まだざっとしか見ていないので、正確なことは言えないが。

北欧については第20章で論じられている。地理条件と権力集中を密接に結び付けている点は流石だが、英語文献しか読んでないせいもあって、ちょっとうーんなんですけど。北欧の位置は、ヨーロッパ半島をユーラシアの一部としてみることにより、がらっとかわる。その点では、佐藤彰一の近著のほうが大胆な歴史像であるかもしれない。いずれにせよ、こうした周縁についてのウィッカムの見方は、かなり甘いような気がする。ビザンツとアラブという別の文明圏は考慮しているが、ヨーロッパとそれらを繋ぐ北欧や東欧の歴史的意味は、ほとんど考慮されていない。

日本だとウィッカムについて知らない人もいるかもしれませんが、専門はイタリア史。長年バーミンガム大学で教鞭をとり、現在オックスフォード大学チチェール講座教授。チチェール講座は由緒ある中世史家のポストで、1862年に創設。当初は「近代史」講座と呼ばれていた。チャールズ・オマン、リチャード・サザーン、ジェフリ・バラクラフ、ウォーレス・ハドリル、カール・ライザー、ジョージ・ホームズ、リーズ・デイヴィズといった英国を代表する中世史家が歴任した。ウィッカムの代表作はこちら。これも大変な本です。ちなみに嫁はバーミンガム大学でビザンツ史を講じるレズリー・ブルベイカー。来月、夫婦で来日します。詳細はこちら(PDF注意)。

ウィッカムはネオマルクシスト。しかしソ連の公式見解が変わると論文の結論まで変わっていたような「研究」を大量に生産した教条的マルクスシストとちがい、史料をがっちり読むウィッカムは、現実の歴史世界の動きを感じとりながら、巧みに事象のカテゴリー化をはかる。歴史学は基本的に人文学だと思うが、社会科学で鍛えられた人間がしっかりしたデータを吸収すると、力強い歴史叙述が生まれる。

表紙はアマゾンから落としたが、現物と微妙に違う。

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