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異形のロマネスク [Arts & Industry]

異形のロマネスク.gif
ユルギス・バルトルシャイティス(馬杉宗夫訳)
異形のロマネスク 石に刻まれた中世の奇想
講談社 2009年 348頁

序文
第1部 秩序の確立
第1章 枠組 聖堂を埋める浮彫が従う法則
第2章 装飾 根源のモチーフ 波状唐草文とパルメット(葉)
第3章 影響力(支配) 幾何学装飾から具体的図像への発展

第2部 形成
第4章 装飾的弁証法 怪物たちの奇態、人間像のデフォルメ
第5章 こぶし花柱頭 人間の頭、天使、野獣、幻想獣の繚乱
第6章 壮大な構図 タンパンに花開く《荘厳のキリスト》

第3部
第7章 動物、怪物の制作 三本脚と三身体、頭を取り換えられた動物
第8章 人間、人間の形をした動物 身振り、姿勢、均衡の中世的表現
第9章 解体と恒久性 変形された人間像が放つ不思議な力

結論 形態的強制が生んだ荒々しい生命

訳者あとがき
聖堂建築各部の名称
地図
聖堂彫刻に表わされる代表的な主題

Jurgis Baltrusaitis
Formations, déformations. La stylistique ornamentale dans la sculpture romane.
Paris: Flammarion 1986

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本屋で見かけてびっくりした。カッパノベルズのような造本で2000円を切っている。博士論文の注を削った教養書だが、可能な限りやすくして世に広めようという心意気。すばらしい。訳者の奉職する大学からの助成金も用いているようだが、良書が安価に手に入るというのは、学問にとってとても大事なことである。日本は英米独仏伊のようなペーパーバック文化があまり発達していないので、教養書もどうしても高くなるし翻訳になるとその傾向はいっそう顕著となる。学生でも買える値段というのはとても大事である。

ともかく、バルトルシャイティス(1903-99)のデビュー作である。形態論的美術史学の祖ともいえるアンリ・フォションの高弟で娘婿。同名の父はリトアニアの外交官にして詩人。1924年にパリに移住し、31年にフォションの指導のもと本書のもととなる研究で博士号を取得、33年から39年まで故郷カウナス、ソルボンヌ、ウォーバーク研究所で教鞭をとる。戦後故郷がソ連に占領されてからはアメリカのニューヨーク、イェール、ハーバード、メットという最高の学術機関で美術史を講じ、再びヨーロッパにもどり亡命外交官の地位にあった。アメリカにはキングスレイ・ポーターというロマネスクの専門家がいたが、すでに他界していたので関係はないかな。

バルトルシャイティスは翻訳がいくつもあるので日本でもよく知られている。国書刊行会の4冊が一世を風靡したが、重要なのはもともとリブロポートから出版され、のち平凡社ライブラリーに収められた『幻想の中世』のほうである。バルトルシャイティスはいかにもゴシック奇想趣味のように理解されているが、読めばわかるように研究者としての本質はロマネスク形態論にある。本書にはバルトルシャイティスによる(?)簡略化された図像が790も収められている。なんかかわいらしいのでこれを見ているだけでも面白いが、やはり空間恐怖や枠組みといったキーワードにしたがって形のデフォマライゼーションにこだわる文章を併読をすべきであろう。翻訳は読みやすいと思う。エミル・マールはしつこいくらいに文献テクストと図像の付き合わせを行ったが、フォションやバルトルシャイティスはそうはしない。形態論の系譜はひょっとすると今は途絶えているのかもしれないが、美術史の中に一つの思潮を作ったという点では興味深い。

数年前に新訳が出たにもかかわらず、平凡社ライブラリーでフォション『形の生命』の杉本版改訂新訳もでた。ついでにちくまからゲーテの形態論の訳も出つつある。形態論、はやってんだろうか。ひょっとすると三木成夫ももう一度流行るかね。

カウナス出身でパリで活躍した人物はもう一人いる。ラビにして思想家のエマニュエル・レヴィナス(1906-95)である。私は寡聞にしてこの二人の関係を論じたものを知らないし、ロマネスク研究者がレヴィナスに、哲学者がバルトルシャイティスに興味があるとも思えぬが、手掛かりがあればひょっとすると面白いかもしれない。同年代だし。ヨーロッパ言語の中で最も難解だと言われるリトアニア語を母語とし、祖国を意識しながらフランス語で仕事をした二人の知識人である。

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