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近代植物学の起源 [Intellectual History]

近代植物学の起源.jpg
アグネス・アーバー(月川和雄訳)
近代植物学の起源
八坂書房 1990年 viii+221+56頁

目次
第二版への序
初版への序

第1章 植物学の初期の歴史
第2章 最初の印刷された本草書(15世紀)
第3章 イギリスにおける初期の本草書の歴史
第4章 16,17世紀の植物学のルネサンス
第5章 植物記述法の発展
第6章 植物分類法の発展
第7章 植物図譜の技法の発展
第8章 象徴の教説と占星術的植物学
第9章 結語


訳者あとがき
索引
付録1 1470年から1670年までに出版された主要な本草書および関連書の年代順目録
付録2 原著の参考文献
付録3 「付録2」著述に関する項目索引
図版一覧

Agnes Arber
Herbals, Their Origin and Evolution: A Chapter in the History of Botany, 1470‐1670, 2.ed.
1938

* * * * * * * * * *

子供の頃、牧野富太郎(1862-1957)の伝記を読んだ。『本草綱目』に没頭した幼少時、用水路でのムジナモ発見のくだり、妻の名にちなんだスエコザサなど感動的だった。北隆館だったかな、彼の描いた図譜の収められている高価な図鑑を買ってもらって読んだ。ついでに高知の佐川にあった、彼の生家あとに建った記念館にも連れて行ってもらった。今ふり返ってみるに、牧野が現代植物学に対してどれほどの貢献をしたかは議論の余地があるし、私が読んだ伝記がどれだけ本当の牧野像を伝えているのかも疑わしいが、植物の世界の楽しさを広めたという点では他の学者の追随を許さない。自分が楽しいと思っていることを人にも共有してもらいたいというその思いはよくわかる。

あおりにあるように、リンネ以前の植物学。植物学といって悪ければ博物誌。植物理解そのものよりも伝存する図譜に焦点を当てる。スウェーデンのリンネによる分類法以前には、植物という種全体に対する全く異なる理解の仕方があったことがよくわかる。植物学徒というよりも思想史と美術史の人間にとって、役に立つ本。なおリンネについては次の二冊が参考になる。
西村三郎『リンネとその使徒たち』(朝日新聞社 1997年)
ハインツ・ゲールケ『リンネ』(博品社 1994年)

個人的にはアルベルトゥス・マグヌスの理解をもっと詳述してほしかった。もっとも、アルベルトゥスの場合、植物に対する理解だけを切り出してもおそらく意味がない。中世の博物学は大きく分けて、動物・植物・鉱物の三つがあった。鉱物に関しては翻訳もある。アルベルトゥスが神の差配する世界において創造された具体的自然物についてどのような理解をしていたか、それこそテクストに基づき構造主義的に見ていかねばならない。もちろん、本書でも強調されているように、中世の植物に対する見方は、アリストテレスの自然学を引き継いだ神学者のそれとは異なる、経験知に基づいた流れが他方に存在していた。ビンゲンのヒルデガルドなどは、どちらかといえばその口であろうか。これは中近世の魔女とも深いかかわりを持つ主題だとは思うが、そうした研究もあるのかな。キース・トマスとかはそんなことも書いていたかもしれない。

初版は一世紀以上前のものである。にもかかわらず、今なお本書が前近代の植物学史の基本図書であるらしい。開拓の余地はまだまだありそうだが、関心を持つものが少ないということだろうか。

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