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中世彫刻の世界 [Arts & Industry]

中世彫刻の世界.gif
越宏一
ヨーロッパ美術史講義 中世彫刻の世界(岩波セミナーブックス)
岩波書店 2009年 211+36頁

序論
第1章 古代末期の彫刻
第2章 プレ・カロリング朝時代の彫刻
第3章 中世への古代末期彫刻の遺産
第4章 カロリング朝・中期ビザンティン・オットー朝の彫刻
第5章 ロマネスクのモニュメンタル彫刻 その誕生
第6章 ロマネスクのモニュメンタル彫刻 その造形原理
第7章 ゴシックのモニュメンタル彫刻 その誕生
第8章 ゴシックのモニュメンタル彫刻 その造形原理
第9章 後期ゴシック彫刻
終章 ブルゴーニュの後期ゴシックの大彫刻家 クラウス・スリューテル

あとがき
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世界的な初期中世写本美術研究家による中世彫刻の概観。木俣の近著が機能という観点から中世美術を分析するのとは対照的に、本書は造形原理というきわめて古典的な観点での分析。近年のテーマ別議論になれたものからすればやや難解ではある。著者は以前同じ岩波セミナーブックスで『ヨーロッパ中世美術講義』(岩波書店 2001年)という概論を書いている。この名著の後書きに、次の言葉がある。「私は、美術史学の本道は、作品がなにを表しているか(図像学)ということよりも、いかに表されているか(様式)を研究することにあるとする「オールド・アート・ヒストリー」の信奉者」と述べている。図像解釈学はともかく、図像学は十分に「オールド・アート・ヒストリー」だと思うが…。

それはともかく、内容は素晴らしい。とりわけ古代から中世への移行に関しては著者の専門だけあって、うねるような筆致を愉しむことができる。質感と量感という、長年対象を見続けたものでなければ安易に口にできない分析枠を、わたしのような素人にもなにがしかを感じるようなやり方で適用している。美術史家でしか書けない美術史である。

古典的なドイツ語の中世美術研究は、様式や形態を中心に据えて分析している上に、歴史というよりも美学的考察が多くて面食らうことがある。リーグルやヴォリンガーがそうであるし、著者の師であるオットー・ペヒトもその一人。ペヒトは『中世の写本挿絵』という名著を物しているが、著者によって翻訳された論文集『美術への洞察 美術史研究の実践のために』(岩波書店 1982年) は大変難解。学部のとき読んでほとんど理解ができなかった。

本書の前提となっているのは「キリスト教美術」である。それは古代末期であれ、ビザンツであれ、ゴシックであれ、すべてそうである。しかし著者が本書のカラー口絵の最初に取り上げたビューキャッスル十字架は、著者自身も注記しているようにルーン文字が描かれる、明らかに北欧の影響の見えるモニュメントである。アングロサクソン期のブリテン諸島には、たとえばゴスフォース十字架やホグバック石のように現地と北欧との混交文化が数多く残っているが、それについては一切触れない。確かに著者の専門であるカロリング世界やオットー朝世界は圧倒的にキリスト教芸術の文法が通用する世界であったけれど、ブリテンはそうではないように思える。ブリテンを特別な世界としてみれば済むことかもしれないが…。

もちろんわたしは著者の越を直接知らない。芸大教授であるし、文章も学問的香気が漂うので、いかにも厳格な大学教授という人柄を想定していた。しかしここを読むと先入観がやや崩れた。ドイツの学術政策にも影響を与えるほどの基本文献を現地語でものしておきながら、やはりそれはつらい体験であったらしい。ついでに信越化学は親友の親父が勤めていた会社なので、すこし近く感じた。

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