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マルコ・ポーロと世界の発見 [Literature & Philology]

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ジョン・ラーナー(野崎嘉信・立崎秀和訳)
マルコ・ポーロと世界の発見(叢書ウニベルシタス886)
法政大学出版局 2008年 xii+325+67頁

序文
1.アジアのイメージとモンゴルの台頭
2.ポーロ家の人々
3.マルコ・ポーロとルスティケッロ
4.『見聞録』の誕生
5.世界像の解明
6.『東方見聞録』異本
7.マルコ、商人、宣教師
8.人文主義者たちのなかのマルコ・ポーロ
9.コロンブスとその後
10.イエズス会修道士、帝国主義者、そして結論
補遺1 『見聞録』写本に関する注釈
補遺2 陸路による中国旅行の年代
補遺3 マルコ・ポーロと15世紀の世界地図

原注
参考文献
訳者あとがき

John Larner
Marco Polo and the Discovery of the World
New Haven: Yale UP 1999

* * * * * * * * * *

わたしが名古屋に来たとき、仕事場のある通り沿いに中華料理店は2軒しかなかった。A店のランチはコーヒー付きで680円、B店はコーヒーはないが内容がやや豪華で750円。それが1年ほど前にC店、半年前にさらにD店ができた。いま、B店とC店はコーヒー付きランチが680円、D店はコーヒーなしで680円、A店は500円となった。今、客の入りがいいのはB店とC店である。この調子だとD店は値段を下げるか何かのオプションを付けないとつぶれるだろう。消費者の観点からすれば値段が下がり内容が良くなれば文句はないが、競争の激化を目の当たりにすると何か落ち着かない。それは自分のいる世界が、同じようになりつつあるからであろうか。自分は今D店のような立場である。

それはともかく、ポーロの『東方見聞録』の受容史として、もっとも基本的な文献であろう。著者はイタリア中世史の専門家で、英語圏の研究史ではよく名前を見る。イタリア内部の史料を扱ってきた彼にとってチャレンジングな課題であったと思う。しかしそこは老練な歴史家、読者を意識してのことであろう、歴史書として模範的な議論の構成でとても読みやすい。訳も、固有名詞や歴史名辞に難はあるが、総じて読みやすい。

『東方見聞録』は、ヨーロッパにおいて「ジパング」を初めて紹介する書物として夙に有名である。翻訳は東洋文庫(今は平凡社ライブラリー)に入っているし、岩波からフランス国立図書館の挿絵入り豪華写本に基づいた翻訳もある。さらには岩波からファクシミリ版もでている(147万円也)。しかし歴史学において研究対象とされることは少ない。せいぜい文学畑の人が、旅行記の一冊として、また「驚異譚」のヴァリエーションとして、取り上げるにすぎない。その気持ちはわかる。たしかに、同時代史料ではあるが、年代記などと同等に扱うことはできない。どこがポーロのオリジナルでどこが文学的トポスかからして、ちょいと興味を持った程度の歴史家にはわからないからである。

ラーナーの著書は『見聞録』を地理書と規定する。「およそ一人の人間が、これほどの膨大な地理上の知識を西欧にもたらしたことは、後にも先にもなかった」(160頁)。もっとも、地理と言っても中世的世界観の中での地理である点は注意すべきである。このポーロの地理知識が、のちのヨーロッパ人に与えた影響が、本書の醍醐味である。この手の話は大体「『見聞録』はコロンブスの愛読書であった」くらいで終わるのだが、本書は近代にいたるまでの『見聞録』の運命をたどっている。

この『見聞録』に関しては、モンゴル史の杉山正明が岩波のシリーズ「書物誕生」で一冊ものす予定である。ポーロの存在を否定するような発言をどこかでしていたが、その独自見解がどこまで論証されるか見ものである。

最近、法政大学出版局の出版内容が良くなった。かつては良書悪訳の代名詞のような出版社だったが、おそらく内部で改革があったのだろう。翻訳だけでなく、かつては少なかった日本人研究者の研究書も積極的に出し始めた。ただ、残念ながら思想書と現代研究に限定されているように見える。たぶん売れるからだろう。歴史学に関しても頑張ってほしい。というか頑張ってください、一読者として伏してお願いします。



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