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史学概論(新版) [Historians & History]


林健太郎
史学概論(新版)
有斐閣 1970年 283+6頁

新版序
はしがき

第1章 歴史及び歴史学の語義
第2章 歴史学の対象とその範囲
第3章 歴史学における批判的方法
第4章 歴史の研究と歴史の叙述
第5章 歴史事実と歴史の理論
第6章 歴史理論としての地理的環境論
第7章 歴史理論としての発展段階論
第8章 唯物史観の諸問題
第9章 歴史法則に関する一般的問題
第10章 歴史法則に関する結論的考察
第11章 歴史における個別性の問題
第12章 歴史における人間性の理解
第13章 歴史における個別性と一般性
第14章 歴史認識の主観性と客観性
むすび
付論 戦後歴史学の課題

索引

* * * * * * * * * *

著者林健太郎(1913-2004)は一高教授、東京大学教授を経て、同総長。のち参議院議員を一期つとめる。自伝もある。
林健太郎『昭和史と私』(文春文庫 2002), 354頁

史学科であればおそらくどこでも史学概論という必修科目がある。日本の歴史学は伝統的に国史、東洋史、西洋史、考古学、場合によっては人文地理学に細分化されるが、いずれも同様の史学概論が学問的基礎となる。歴史学とはどういう学問であるか、ということを体系的に習得させる科目であり、おそらく通常は歴史学の成り立ちを跡付ける史学史と歴史学の根本である歴史資料の用い方を論じる史料論から構成されているのではないか。少なくとも私はそのような教育を受けた。

この史学概論、なぜか西洋史学の教師が担当することが多い。確かに近代歴史学は近代ヨーロッパ、特にドイツで生み出された学問作法に基づいており、そういった意味では西洋史学の範疇とするのはわからないでもない。しかし東洋史も日本史も歴史学と称する以上その分析手法は明治の輸入物であることに変わりなく、結果として歴史学などどの地域を選択しても方法論は同じなのだから、どの専攻科が教えても構わないだろう。

ともあれ、日東西という分割はいい加減どうにかならないのか。それぞれに独自の蓄積があるのは分かるが、その垣根は利点よりも弊害をより多く生んでいるような気がする。他方史学概論と呼ばれる科目は、歴史思想や歴史学そのものを歴史学的に捉え返す史学史、歴史学の手法や対象、論文の叙法や構成を体系的に習得させる歴史学方法論、具体的な史資料へのアクセス方法やその利用法を論じる史料論の三つに分け、ある程度の時間をかけて論じるべきだと思う。特に日本は史学(思想)史の蓄積が貧しい点が気になる。

ところで史学概論の教科書、探してみれば色々ある。私はカーの『歴史とは何か』が一番肌に合うが、日本の歴史学が辿ってきた歩みをふりかえるという意味では林による本書も併読する価値はあると思った。そこで章をもうけて論じられる発展段階や唯物史観など、今ではすでに歴史化されたタームではあるが、かといって完全に化石化したわけではない。それらはとりわけ社会経済史に有効な分析トゥールを提供し、具体的な歴史資料と結びついたときにのみ今でも意味ある成果を生み出している。
E・H・カー(清水幾太郎訳)『歴史とは何か』(岩波新書 1962), 252頁

日本の西洋近代史家による近作として、
小田中直樹『歴史学ってなんだ』(PHP新書 2004), 205頁
福井憲彦『歴史学入門』(岩波書店 2006), 162頁

デンマークでは、21世紀に入っても百年前に書かれたクリスチャン・エアスレウの歴史学入門が教科書に指定されていた。エアスレウはランケの教え子の一人である。史学史的な関心のない者にとっては無味乾燥かもしれないが、史料操作にあたって必要なことは一通り書かれていた。

どの地域を専攻していようと、歴史学の叙法に関する成田龍一の著作は啓発的である。
成田龍一『歴史学のポジショナリティ 歴史叙述とその周辺』(校倉書房 2006), 464頁
同『歴史学のスタイル 史学史とその周辺』(校倉書房 2001), 410頁

少し古いが、次の本は含蓄があり、今でも読み返すに値する。なんでも出版年が新しければ良いというものではない、ということが良くわかる。
成瀬治『世界史の意識と理論』(岩波書店 1977), 328頁

しかし史学概論や史学史は、具体的な歴史叙述や史料をたんまり読み込んだ後にようやく、その面白さがわかるものなのだと思うようになった。


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