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もうひとつの中世のために [Historians & History]


ジャック・ル・ゴフ(加納修訳)
もうひとつの中世のために 西洋における時間、労働、そして文化
白水社 2006年 503+10頁

序論

第1部 時間と労働
第1章 ミシュレの中世たち
第2章 中世における教会の時間と商人の時間
第3章 14世紀の「危機」における労働の時間 中世の時間から近代の時間へ
第4章 9~12世紀キリスト教世界における三身分社会、王権イデオロギーならびに経済の再生についての覚え書き
第5章 中世西洋における合法的な職業と非合法の職業
第6章 中世初期の価値体系における労働、技術、職人(5~11世紀)
第7章 中世初期文学における農民と農村世界(5~6世紀)

第2部 労働と価値体系
第8章 15世紀パドヴァにおける大学の諸費用
第9章 中世の聴罪司祭手引書から見た職業
第10章 中世の大学人は己をどのように理解していたか
第11章 中世とルネサンス期における大学と公権力

第3部 知識人文化と民衆文化
第12章 メロヴィング文明における聖職者の文化とフォークロアの伝統
第13章 中世の教会文化と民俗文化 パリの聖マルセルと龍
第14章 中世西洋とインド洋 夢の地平
第15章 中世西洋の文化と集合心理における夢
第16章 母と開拓者としてのメリュジーヌ

第4部 歴史人類学の構築に向けて
第17章 歴史家と日常的人間
第18章 家臣制の象徴儀礼

初出一覧
訳者あとがき
索引

Jacques Le Goff
Pour un autre Moyen Age. Temps, travail et culture en Occident: 18 essais.
Paris: Gallimard, 1977, 422 p.

* * * * * * * * * *

私は阿部謹也を読んでヨーロッパ中世社会に惹かれたが、その社会のもつ深遠を知ったのブロックによってであり、その煌くばかりの美しさを感得したのはルゴフによってであった。それを思えば随分と遠くに来てしまったものだが、フランス中世史学は今なお私のものの見方を規定する。よい意味においても悪い意味においても。

ルゴフにとって心性史は結果である。彼の本来の関心は、中世における知識社会と思想動態の分析にこそあり、言ってみれば思想史である。日本では「マンタリテ研究の旗手」と紹介され、心性史の成果が主として翻訳されたため、彼の知的道程について関心が払われることは少なかったが、彼の最初の論文はプラハ大学の組織を対象としたものであり、最初の著作はクセジュに収められた『中世における商人と銀行家』(1957)であった。行政文書やスコラ哲学者のテクストに生命を与えたという点で革新的であった。翻訳書でいえば、第1部と第2部の多くが同じ稜線に並ぶと言えようか。

ルゴフの関心はまず社会学に向いた。これはジョルジュ・デュビーもそうであったように思うが、非マルクス主義的な社会分析トゥールを前近代社会の分析に持ち込むのは、アルプヴァクスの集合記憶論に影響を受けたマルク・ブロック以来の伝統であり、それはいずれの歴史家においても十二分に活用されている。40歳で公刊された『西洋中世文明』(1964)は、構造人類学に接近する以前のルゴフが、迸るような知性をもって「全体」を希求するルゴフが産み落とした果実であり、私はこれをもってルゴフの最高傑作と考える。
Jacques Le Goff, La civilisation de l'Occident médiéval. Paris: Aubier, 1964(1977), 700+78 p.

本書は今でもポッシェ版で手に入るが、原著では78ページあった図版が抜け落ちている。この図版の多くは中世人の心性について論じた第9章に対応するものであり、そこに付された解説が後の心性史家ルゴフの誕生を予兆するものであるのに、出版社はなんと馬鹿なことをしたものか。5ユーロ値段を吊り上げてもいいから、収めるべきであった。

論文集はもう一冊ある。
Jacques Le Goff, L'imaginaire médiéval : essais(Bibliothèque des histoires). Paris: Gallimard, 1985, xxi+352 p.

内容を確認しようと思ったが、倉庫のどこかに突っ込んで行方不明になってしまった。多分、本訳書に収録された論考よりも後に公刊された作品を集めたものであろう。おそらく日本で知られるルゴフの作品は、こちらからのものが多いのではないか。こちらも全訳があればいいのにと思うが。>驚いたことに、近々翻訳が出るらしい(事実誤認でした)。これで残すは『西洋中世文明』のみとなった。

ルゴフは資料の悉皆調査によって重厚なモノグラフを積み重ねるタイプの研究者ではない。彼が引く資料は、比較的よく知られたものがほとんどであるし、その研究生活の初期にものした幾つかをのぞいて、未刊行写本の探索に身をすり減らすこともない。データの再解釈、といえばそれまでだが、その読み込みの深さと広さは他の追随を許さず、凡百の史家であれば並べてみることすら思いつかないテクストとテクストの間に通底する意味を掘り起こす。それゆえに彼は、フランス中世史家でもイタリア中世史家でもなく、ヨーロッパ中世史家、そして歴史家となった。澎湃と湧き上がるエラン・ヴィタル…

最近ルゴフは、あらためて中世社会全体を見直す作業を公にした。
Jacques Le Goff, L'Europe est-elle née au Moyen Age ?: essai. Paris: Seuil, 2003, 341 p.

個人的な感想を言えば、そこに『西洋中世文明』がもっていたような勢いはない。確かにルゴフ中世史学の集大成かもしれないが、なんというか、落ち着いている。別に老境だからというわけではあるまいに。

写真は2004年のルゴフ。1924年生まれだから、ちょうど80歳。フランスをぶらぶらしていたときにトゥーロンで下車したことがあり、観光局の窓口のお姉さんに「ルゴフって知ってる?」と聞いてみた。「もちろん。街の誇りです」と言っていたなあ。


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