SSブログ

クリュニー修道制の研究 [Medieval Spirituality]


関口武彦
クリュニー修道制の研究
南窓社 2005年 648頁

まえがき

序章 クリュニー修道制の歴史的位置

第1部
第1章 クリュニーの設立をめぐる諸問題
第2章 オドンとその改革思想
第3章 免属特権
第4章 祈祷兄弟盟約
第5章 寄進と救済
第6章 コンプラン契約と扶養契約
第7章 ミュンヘンヴィラーの周年記念祷名簿
第8章 ゴルズの改革と周年記念祷名簿
第9章 万霊節の設定とその歴史的意義

第2部
第10章 クリュニーと改革教皇権(上)
第11章 クリュニーと改革教皇権(中)
第12章 クリュニーと改革教皇権(下)
第13章 12世紀の所領収益表を通してみたクリュニー領主制
第14章 死質(mort-gage)契約考

第3部
第15章 クリュニー修道院長とブルジョア
第16章 クリュニー修道会の制度化とその解体
終章 クリュニー修道制の終焉

あとがき
参考文献
クリュニー修道院長一覧
索引(人名・事項)

* * * * * * * * * *

私は修道制研究者ではないが、学部時代、著者の論文には随分勉強させてもらった。経済学部図書館で『山形大学紀要』のバックナンバーを漁っていた頃が懐かしい。著者は既に教職を退いたようだが、本書はその知的道程の後半に生み出した作品を集成したものである。日本で教会や修道院に関心のある者は必ず紐解かねばならないし、クリュニー修道院の創設から解体までの主要なトピックを順次取り上げる、その重厚な記述から得られるものは大きい。

私の知る限り、クリュニー研究は大きく四つに分かれる。一つはハリンガーやコンスタブルのような霊性史的・精神史的研究、二つはルマリニエやローゼンワインのような政治史・制度史的研究、三つはデュビーのような経済史的研究、四つはシュミットやヴォラーシュのような社会史的研究である。もちろんこのような分類は便宜的であり、コンスタブルなどはほとんどあらゆるアプローチを用いてクリュニー像を革新した。しかし、現在のクリュニー研究の転換点となったのは、「生命の書 Liber vitae」や「記念の書 Liber memorialis」を徹底的に利用し、在地貴族ネットワークを再現するとともに、その中にクリュニー系修道院を定位し、その社会的役割を指摘した、ミュンスター大学の研究グループであろう。本書のいくつかの章も、このミュンスター一派の手法に触発されたものである。現在容易に入手しうる最良のクリュニーの通史は、この学派の領袖でもあったヴォラーシュの手になるものである。
Joachim Wollasch, Cluny - "Licht der Welt": Aufstieg und Niedergang der klösterlichen Gemeinschaft. Zürich: Artemis & Winkler, 1996, 383 p.

しかし、クリュニー修道制は中世史学の基本中の基本テーマであるはずなのに、本書が日本で依拠しうるほぼ唯一の文献と言うのは、いかにもさびしい。ヴォラーシュの通史は関口の著書と相補的であり、翻訳があってもよいと思うのだが。また、本書の書評である、
杉崎泰一郎「関口武彦『クリュニー修道制の研究』」『史学雑誌』115-2(2006), 84-92頁

では、ドミニク・イオニャ・プラらフランスの近年の成果が反映されていない点を突いている。
Dominique Iogna-Prat, Ordonner et exclure: Cluny et la société chrétienne face à l'hérésie, au judaïsme et à l'islam, 1000-1150. Paris: Aubier, 1998, 508 p.
Sébastien Barret, La mémoire et l'écrit: l'abbaye de Cluny et ses archives(Xe - XVIIIe siècle).(Vita regularis 19). Münster: Lit, 2004, 458 p.

また、尊者ペトルスのテクストに拠る、
杉崎泰一郎『12世紀の修道院と社会』(原書房 改訂版2005), 310+9+ixp頁

も、関口の書ではそれほど触れられないクリュニーの霊性面を知るために有効である。私は1999年に初版が出たときに買って読んだが、改訂版ではどこが変わっているのだろうか。同著者による、
杉崎泰一郎『ヨーロッパ中世の修道院文化』(NHKカルチャーアワー歴史再発見)(日本放送出版協会 2006), 249頁

は社会史的視点からの記述もあり、日本語による修道院入門書としてはよいと思う。もちろん、今野國男の著作は今でも基本書としての意味を持ち続けている。
今野國男『修道院』(世界史研究双書7)(近藤出版社 1971), 286+36頁
同『修道院 祈り・禁欲・労働の源流』(岩波新書 1981), xiii+222頁

いずれにせよ、紀元千年前後の社会においてクリュニーの持つ意味は大きく、当面北欧とは関係ないとは言っても、勉強はしておかねばと思う。ドイツの古い文献が面白いのだけれど、あまり深入りしていると迷って帰れなくなってしまう。

写真は1820年に解体される以前のクリュニー修道院の模型。クリュニーのお土産でこういうのがあればいいなあ。クリュニー修道院の建築学的考察は、アメリカの建築史家ケネス・コナント(1895-1984)にその多くを拠っている。
Kenneth John Conant, Cluny: les eglises et la maison du chef d'Ordre. Cambridge, Mass.: Mediaeval Academy of America, 1968, 169+140 p.


nice!(0) 
共通テーマ:学問

nice! 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。