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旅を糧とする芸術家 [Arts & Industry]


旅を糧とする芸術家
小佐野重利編著
三元社 2006年 333頁

小佐野重利  序文 7
第一部 総論
- 美術の展開に果たした芸術家の旅行の意義 小佐野重利
第二部 各論
- さまよえるヤーコポ・デ・バルバリ―「学識ある画家」がアルプス以北に与えた衝撃/秋山聰
- 1603年のルーベンスのスペイン行と2点の絵画/中村俊春
- イタリアへの旅―16世紀後半にローマとヴェネツィアを旅した北方画家たち/マリ・ピエトロジョヴァンナ(京谷啓徳訳)
- ベラスケスのイタリア旅行/楠根圭子
- 横断と遡行―18世紀フランスの画家たちとイタリア/阿部成樹
第三部 資料
- ベラスケスのイタリア旅行に関する記述―フランシスコ・パチェーコ、アントニオ・パロミーノおよびジュゼッペ・マルティネスによる/楠根圭子訳 
- モーリス・ドニの第2回イタリア滞在―1897~98年/小佐野重利監訳
芸術家名索引

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芸術家は旅をする。そして旅の経験と記憶が作品に投影される。といったコンセプトに基づいた論文集。いずれもあだやおろそかにはできないモノグラフではあるが、70ページに及ぶ小佐野の総論は圧巻。古代ギリシアから近世に至るまでの芸術家の旅を概観しており、芸術作品の作成にあたって旅がいかに重要な役割を果たしたのかが理解できる。旅の形態を「巡礼」、「使節への随行」、「従軍」というように分類している。しかしみなさん北から南にいくんですね。南から北へ行ってルーン石碑や墳丘のたたずむ風景に取りつかれた芸術家はいないのだろうか。そんな奴いるわけねーよな。だいたい北の人間はカロリング期からイタリアに行って石や彫刻をかっさらっているわけだし。

ただ、学びに来たわけではないが、中世末期の北欧は、こうした遍歴芸術家のおかげで従来にない造形作品を手に入れることができた。北ドイツ出身のベルント・ノトケやクラウス・ベルクらである。北欧の君主やパトロンらは彼らの名声を耳にして、主要な教会に彫刻や絵画を依頼している。北欧にこのような芸術家がいなかったわけではなかろうが、固有名が知られるのは近世にはいってからである。北ドイツもそうかもしれないが、北欧は宗教改革を国家レヴェルで経験しているので、芸術作品にもその影響は顕著に見られる、はずである。中世史家からしたらつまらんのだが。

本書と歩みを合わせるように芸術家の旅行日記も邦訳されている。
デューラー(前川誠郎訳)『ネーデルラント旅日記』(岩波文庫 2007)

以前別の出版社から出ていたものの文庫化である。こういったものがあるので美術史家は絵だけを見ていればよいわけではないということなのだろう。前川は元西洋美術館館長であり東京大学文学部美術史講座における小佐野の前任者。

しかしここまで来ると、美術史家とは何だろうかと思ってしまう。美術作品そのものではなくその美術作品が生成される過程を再現するということは、テクストを取り巻くコンテクストを埋めるということである。それは本来一般史の人間の仕事であったはずであるが。斯界を見渡すに、おそらく後いくらかもすればコンテクスト重視の流れも一息つき、また絵画テクストの様式論的意味や審美的価値をめぐる研究が盛り上がってくるような気がしないでもない。


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