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インカとスペイン [Medieval History]

インカとスペイン.jpg
網野徹哉
インカとスペイン 帝国の交錯(興亡の世界史12)
講談社 2008年 388頁

はじめに
第1章 インカ王国の生成
第2章 古代帝国の成熟と崩壊
第3章 中世スペインに共生する文化
第4章 排除の思想 異端審問と帝国
第5章 交錯する植民地社会
第6章 世界帝国に生きた人々
第7章 帝国の内なる敵 ユダヤ人とインディオ
第8章 女たちのアンデス史
第9章 インカへの欲望
第10章 インカとスペインの訣別
あとがき

参考文献
年譜用
主要人物略伝
索引

* * * * * * * * * *


大変素晴らしい叙述。こういう本を読むと一般読者は、歴史学も捨てたものではないと思うはずである。

インカ帝国の歴史も、スペイン帝国の歴史もそれぞれ面白いし、多くの概説で容易に読むことができる。が、前者はラテンアメリカ史の一部であり、後者はイベリア半島史の一部である。インカを滅ぼしたのがスペインであり、インカからもたらされたトマトがスペイン料理には不可欠であることはだれでも知っているにもかかわらず、私たちの知る歴史はそれぞれ別個の物語であった。それはおそらく両者の間に大西洋があるがゆえにである。

もちろん海を隔てた歴史の交錯という話はすでにある。詳しくは覚えていないが岩波講座世界歴史の第一回配本もそんなタイトルではなかっただろうか。ただしそれは18世紀以降の話、つまりフランス革命とアメリカ革命であり、近世の事例ではない。しかしながら本書で語られるプロセスは、その後のラテンアメリカの歩みを考慮するならば、18世紀の事例に負けず劣らず重要であるように思われる。

著者の専門は、執筆論考から判断する限り17世紀のペルーである。したがって第5章以下がオリジナルな議論となる。そう考えるならば、そこにいたる4章は助走ということになるが、この助走がなければ5章以下が生きてこない。本来的に全く別個の歴史を歩み文化と社会をはぐくんできたインカとスペインであるが、植民地社会がインカ帝国の何を継承し、スペイン帝国の何を採用し、どのような形で新しいシステムを生み出したのか。とりわけ、第7章で論じられるポルトガル商人バウティスタ・ペレスは、17世紀ペルーの歴史空間を考えるための絶好の事例である。

「歴史」の濫用はしばしば歴史学のテーマとなるが、現地社会で「インカの記憶」は大変大きな意味を持つ。第10章はひとつの社会の終焉を語る章であるが、いまなお繰り返し湧き出てくるトゥパック・アマルの名前が歴史は続いていることを教えてくれる。ガルシア・マルケスやオクタヴィオ・パスの書き物には抗しがたい魅力があるが、それもやはり「インカの記憶」に通じるものなのかなあとも感じた。

最後に恩師増田義郎の言葉を記している。「アンデスのことを知るためには、スペインのことを徹底的に勉強したほうがいいと思います、それからアンデスの歴史も、普通の研究者は、コンキスタを境目にして、先スペイン期のことを書くか、植民地期以降の歴史を書くかに分かれてしまうが、この全体を見通せるような視点を持たなければいけません」。これだけの叙述が生み出されたことを知るならば、増田も教師冥利に尽きるというものではないだろうか。
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