文学にあらわれたゲルマン大侵入 [Early Middle Ages]
ピエール・クルセル(尚樹啓太郎訳)
文学にあらわれたゲルマン大侵入
東海大学出版会 1974年 xvii+302+136頁
日本語版への序文
第三版への序文
はじめに
序説
第1部 侵入
第1章 永遠の都の陥落
第2章 ガッリア大襲撃と417年の希望
第3章 北アフリカ上陸
第2部 占領
第4章 西ゴートの覇権
第5章 ヴァンダルの暴政
第6章 テオドリックの支配
第3部 解放
第7章 ビザンス帝国による再征服
第8章 蛮族の平和的同化
結び
訳者あとがき
図版(ローマ人と蛮族)
註
索引
地図
Pierre Courcelle
Histoire littéraire des Grandes Invasions Germaniques
Paris 1964
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高校のとき、日本史の教師が、「私に言わせればゲルマン民族など「小移動」じゃ」と言っていたのを今でも思い出す。彼の念頭にはモンゴルがあったのだと思うが、まあ、比較すれば小移動だわな。しかし、ヨーロッパ半島にとっては、大変な事件であった。
邦題は津田左右吉を意識しているのだろうが、内容をよく反映している。ピエール・クルセル(1912-80)は、往年のフランスを代表する大古典学者。フランスに国家博士があった時代の、これでもかというくらい学識を注ぎ込んだ産物。本書全体が侵入→占領→解放という一種の救済史のような構成をとっている。訳文はちょっとアレだが、本書のような作品が訳されたこと自体はすばらしい。
原著が文学史/文献史と銘打たれているように、同時代の文献から、蛮族の移動についての記述を抜き出し、それをもとに叙述をくみたてる。古典学者とは恐ろしい存在で、何とかと言う本の何節に何々についての記述があったと即座に出てくる。古典文献は確かに数に限りがあるとはいえ、それでもロエブやビュデで何百冊である。全部読み通して初めて仕事は始まるのかもしれない。…この前はギリシア語が読めない人間とはまともに口も聞かない研究者もいるという話も聞いた。フランスでのことであるが。もちろんテクストが読めるからと言って歴史家になれるわけではないが、それでも古典学者は殿上人だなあと思うわけである。
日本で民族移動期(4-6世紀)のことを知りたければ、本書かクセジュに収められたピエール・リシェの小著を手に取るしかない。高度な専門家を何人も抱えるフランク王国は別であるが、西ゴートや東ゴートといった、フランク王国に負けず劣らず重要な歴史的存在の専門家は、本邦にはいないと言ってよい。史料が貧しいわけではない。もちろん貧しいのだが、たとえば博士論文がかけないほど欠如しているわけではない。そしてまた、この時代は、現在の西洋中世史学の中で、この20年で最も華々しくかつ長足の進歩を遂げた分野である。最近の議論はこれやこれに詳しい。中世後期のイタリアとかフランスの近代とか、若手から中堅がたくさんいるようであるが、そんな競争率の高い分野はやめて、民族移動期の研究に移ってこんかね。