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西欧中世初期農村史の革新 [Early Middle Ages]

西欧中世初期農村史の革新.jpg
森本芳樹
西欧中世初期農村史の革新 最近のヨーロッパ学界から
木鐸社 2007年 387頁

序言
西欧中世初期農村史文献目録(ヨーロッパ学界1980‐2004年)

第1部 荘園制研究の復活:1980‐1987年
第1章 荘園制展開過程の研究
第2章 史料的基礎=所領明細帳研究の隆盛

第2部 荘園制研究の成熟:1988‐1993年
第1章 中世初期における農村成長の確認
第2章 荘園制の諸側面
第3章 批判的学説と研究の展望

第3部 荘園制研究の浸透:1994‐2004年
第1章 中世初期農村の物的基盤
第2章 荘園制研究の浸透
第3章 荘園制の地位と研究の展望

結論

あとがき
索引

* * * * * * * * * *

わたしが移るわけではないのだが、人生で11度目の家捜しである。通りに不動産のチェーン店がたくさんあると思って愛車をこぐと、軒並みシャッターである。一軒だけあいている。挨拶をして事情を聞くと、水曜日は不動産関係がいっせいに休みをとるらしい。理髪店の月曜日のようなものか。それではなぜお宅は開けているのか。「うちのような地元密着型は閉めると大家からお叱りを受けるので」だそうだ。主人はよほど暇と見えて聞いてもいない土地の事情を話してくる。曰く、駅から徒歩10分以上の家は値が下落し続ける、曰く、今後は人口が減るので広い敷地に平屋建てが一般的になる、曰く、お客さんの家の周囲は**一族の土地で相続税も大変だし相続争いも起こるだろうなどなど。確かにうちの回りは、底辺収入のわたしには眩しいばかりの、島田伸介か松本仁志でもすむんですかというような大豪邸が乱立している。先日、この周辺に住んでいたお医者様と知り合いとなる機会があり、空き巣に7回入られたそうな。こういう話を聞いていると、土地制度も面白いなと思えてくるのである。

著者は1934年生まれ。長年九州大学で教鞭をとり、退官後久留米大学に移った。ヨーロッパの学界で広く名を知られる、数少ない日本人中世史家のひとりである。

森本の専門は、カロリング期における荘園制の形成と初期中世社会におけるその役割の分析である。序文でもつまびらかにしている通り、この分野においては世界のアカデミアに対し、十分な貢献をしてきた。モノグラフィックな部分は必ずしもまだ一書にまとまってはいないが、九州大学経済学部と久留米大学の紀要を繰れば、膨大な量の論文が出てくる。こうした地道な史料分析の精髄は、『中世農民の世界 甦るプリュム修道院所領明細帳』(岩波書店 2003年)というコンパクトな本に凝縮されている。一般向けでありながらも歴史家の営みの何たるかを知ることのできる良書である。

私見によれば、専門研究の成果以外に森本が日本の学界に寄与した点は二つある。ひとつは、本書がそうであるような徹底的な研究動向整理である。そんなの当たり前だろうと思われるかもしれないが、西洋史においては現実はそうではなかった。恣意的に選択した欧米研究者の結論を追認するだけの「論文」が多数存在していたからである。何度もいうが、人の見解を繰り返すのは論文ではない。日本だからいいだろうなど通用するはずがない。それは、見解の初出者の名前を挙げていれば単なるレポートであるし、もし挙げていなければ剽窃である。理系では学部段階で叩き込まれる研究倫理である。森本の作法は、世界のアカデミアにおいて何が問題となり、何がまだ論じられていないのかを明らかにするために不可欠である。もう一つは、志を同じくする研究グループを組織し、継続的な勉強会を通じて、成果を共有したことである。西洋中世の社会経済史家で森本の恩恵を受け、第一線で活躍している中堅研究者たものは相当の数にのぼる。研究会の中に、研究動向の整理とそれを反映した精緻な史料読解をせねばならないというよい意味での緊張感があったからであろう。

わたしは研究動向を整理するのをそれほど得意としない。しかし研究を進めるときにこのプロセスを省くわけにはいかないので、しばしば森本の本をひらく。研究史の整理とは本や論文の要約ではない。自身の関心に従って問題をたて、その問題設定に関わる従来の研究を一つの筋に整序しなおすことである。

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