SSブログ

西洋中世研究 [Medieval History]

西洋中世研究.jpg
西洋中世研究 創刊号
知泉書館 2009年 187頁

巻頭言(佐藤彰一)

特集:21世紀の西洋中世学
〈基調講演〉
- 中世はいかにして発明されたか(樺山紘一)
〈報告〉
- 12世紀ルネサンスの精神(甚野尚志)
- 中世末の霊性と病の治療(久木田直江)
- 中世音楽研究(那須輝彦)
- 21世紀の西洋中世美術史研究(鼓みどり)
- 中世哲学と情念論の系譜(山内志朗)

論文
- 9-11世紀ウルジェイ司教座聖堂教会文書の生成論(足立孝)
- カリクストゥス写本の楽譜史料(平井真希子)
- 15世紀フランドル絵画における祈祷書とヴィジョン(今井澄子)
- 修道女と書物(徳永聡子)
- 西洋中世哲学の研究動向(山本芳久)

若手による「西洋中世学会若手セミナー」報告記(梶原洋一)
【ロゴ説明】生命の泉に集う鳥たち(金沢百枝)

* * * * * * * * * *

2009年に創設された西洋中世学会の機関誌。ISBN(なぜISSNじゃないのか)があり3500円という定価もついている。ジュンク堂では早速売っていた。

個人的に有意義だと思うのは、音楽学の関係者が寄稿している点である。歴史、文学、哲学はこれまでも交錯する場はあったし、今後ともテクスト研究とそれが機能する歴史空間の再現をベースとして交流は深まっていくと予想される。しかし音楽学はなかなかそうはいかない。音楽研究者の絶対数が必ずしも多くないというのもあるし(しかしその少ない研究者の多くは海外で学位を取得している)、楽譜はちょっと…という音楽学以外の人の敬遠もあったからである。しかしながら楽譜それ自体にも歴史があり、また中世音楽には深い思想性がある。そして聖歌は修道士の日常であり義務でもある。他方で楽師の音楽や彼らの用いる楽器は宮廷には不可欠であり、中世文学が対象とする韻文にはほぼ間違いなく節回しがある。そのようなことを考えるならば、聴覚の世界、つまり音楽は、ただ音楽学だけにとどめておくにはもったいないというか、それ以外の中世研究者も関心を持ってしかるべき分野であろう。もっと中世音楽についての関心が高まるならば、こちらの本のような残念な記述も次第に減少してくるだろう。

この雑誌に掲載された論考のほぼすべてが修道院で生成されたテクストにかかわる。第一回大会のポスターもフランスはセナンクに建つシトー会修道院の回廊であったし、Mを象った学会のロゴも「中世の修道士たちが集い瞑想する修道院回廊のように、至福の光に包まれますように」との願いを込めて生み出された、とある。もちろんこれらは偶然の産物であろうが、結果としてこの創刊号全体が修道院という傘のもとある。西洋中世学会会員が、とりわけ西洋中世思想研究にとって国内最良の蔵書を誇る上智大学中世思想研究所の蔵書利用権限をもつのもむべなるかな(みな利用しているのかな)。…その中で、司教座聖堂テクストを用い俗人の家門意識とその権利保障のネットワークに着目し、あえて修道院から身をひきはがした足立は、オトコらしい(いつものことながら論文の質はきわめて高い)。

全体としてのコンセプトは、それぞれのディシプリンでの最新の研究成果を他のディシプリンに紹介することにあるように見える。創刊号サービスでしょう。次号からは、大会シンポジウム報告を軸に、投稿論文と書評が中心を占めそうである。ただ、いまどの専門誌の編集部からも、論文の投稿本数自体は決して減少していないにもかかわらず、一定水準をクリアーした原稿が集まらないとの嘆きが漏れてくる。日本の雑誌の悪いところは会員以外の投稿をほとんどの場合認めていない点である。それは学会団体が雑誌の刊行費用を会費でかなりの程度賄っているという背景があるので、財政的な面からいえば必ずしも悪いとは言えない。しかしそのようなことを続けていると、投稿される論文の質においても傾向においても、かならずマイナスの結果へと至る。せいぜいできるテコ入れは、編集部特権で、力量ある非会員に原稿を依頼するくらいであろうか。

岩波の「ヨーロッパの中世」も2月でようやく完結しますな。第1巻が2008年11月発売だったので、8巻がそろうのに16カ月。のべ2カ月に1冊で、ペースとしては悪くない(本来の予定は毎月刊行)。

共通テーマ:学問

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。