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声と文字(ヨーロッパの中世6) [Medieval History]

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声と文字(ヨーロッパの中世6)
大黒俊二
岩波書店 2010年 viii+292+7頁

序章 シエナ、1427年8月15日
第1章 ラテン語から俗語へ
第2章 カロリング・ルネサンスの光と影
第3章 ストラスブールからヘイスティングズヘ
間奏 大分水嶺
第4章 実用的リテラシー
第5章 声と文字の弁証法
第6章 遍歴商人からもの書き商人へ
第7章 文字のかなたに声を聞く
第8章 俗人が俗語で書く
終章 母語の発見

参考文献
索引

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2008年11月にはじまった「ヨーロッパの中世」全8巻も、本巻をもって完結。

シリーズの最後を飾るにふさわしい内容。本シリーズは編者の関心により、社会史的西洋中世像を目指すものであったと思われる。いわゆる地域を区切り時代を切り出す一般史は中核を対象とする第1巻と辺境を扱う第3巻にととどめられ、第2巻は都市、第4巻は移動、第5巻は技術、第7巻は芸術、第8巻は儀礼という観点から、西洋中世像全体を問い直した。そして最終配巻である本書はリテラシーである。

歴史家である以上何らかの資料を扱わねばならない。ここでいう資料とは必ずしも伝統的な文献史料に限られるわけではなく、文芸資料、図像資料、考古資料、音楽資料と、あらゆるものが含まれる。ある時代に属する資料はそれがどのような性質のものであれ、必ずその時代の何かを伝える痕跡をとどめている。そしてその痕跡を引き出すための作法が史料研究(史料学)である。本書『声と文字』が他の巻と異なるのは、全編を通じてこの史料研究のあり方そのものとの対話に貫かれている点である。

本書のハイライトは第7章。著者が馴染んだベルナルディーノ・ダ・シエナによる1427年8月15日の筆録説教を参照軸としながら、史料が生の声をどれだけ反映するかという議論を展開する。説教史料がもつ面白さを史料論を通じて一般読者に語りおろすさまは、まるでわれわれ読者が大黒の説教を聴いているかのごとくである。全編を読み通すのが億劫な人は、序論とこの第7章だけでも読んでほしい。書物とは読者との対話であるという、書き手がわきまえていてしかるべき理解が、ここで実践されている。

著者の専門は商業史。といっても経済史的商業史ではなく、商人社会史とでもいおうか。数値分析のような量的アプローチではなく、説教テクストや経済思想テクストから引き出される商人倫理や行動原理に注目する質的アプローチである。その中心的な歩みは、『嘘と貪欲』(名古屋大学出版会 2006年)に集成されている(赤江雄一による書評あり『史学雑誌』116巻7号(2007年)1257-65頁)。なお、本書以外にも、著者による興味深い論説はいくつかある。

209頁に巾着本(girdle book)の写真がある。出典がwikiの著作権なし写真からとなっている。そういう時代になったのだなあと感慨深い。

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