ロシア中世都市の政治世界 [Medieval History]
松木栄三
ロシア中世都市の政治世界 都市国家ノヴゴロドの群像
彩流社 2002年 418+16頁
はじめに
第1章 絵師グレチン
第2章 公アレクサンドルとその一族
第3章 大主教ワシーリイ・カレカ
第4章 貴族オンツィフォルの一族
第5章 「女市長」マルファ
註
あとがき
索引
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必要があって本の山から取り出し、読んだ。これはあたり。よい歴史書。紀要等に書かれた論文をもとにしているが、本にまとめるにあたって相当手を加えたようである。そのためとても読みやすい。本の構成も、人物史であるように見えて、きちんと通史の役割も果たしている。そもそも著者は白樺文書の研究者でもあるので、政治史を退屈と思うような人に対しても配慮している。
スウェーデンにとって、バルト海の対岸は、異教徒の緩衝地帯をはさんでノヴゴロドである。したがって、中世スウェーデン史を論じる際、このノヴゴロドの存在は大きい。中世スウェーデンの外交史の半分は、対ノヴゴロド紛争史である。ただ、北欧人でロシア語をきちんとやろうというひともあまりいないので、研究が盛んであるというわけでもない。オーデンセ大学のJohn Lindが第一人者であろうと思う。というか、彼以外ロシア語を読む中世史家を私は知らない。アレクサンドル・ネフスキーがスウェーデン連合軍に勝利した1240年のネヴァ川の戦いを、ロシアは高く評価し(映画まで作り)、北欧は適当に流すという紹介は面白かった。言われてみれば、スウェーデン史の通史での扱いもそうだったかもしれない。ただ、本書も言うように、スウェーデン軍がノヴゴロド経済の生命線にまで侵攻していたという点は、見落とすべきではないだろう。
日本のロシア中世史研究者は必ずしも多くないが、総じてレベルは高いように感じる。面白いかどうかは別として、仕事が丁寧である。そもそもロシア語を選択するという意気込みが、なんとなくフランス語やドイツ語を選んだ西洋史一般と違うのかもしれない。かつてはマルクス・エンゲルスだのソ連の公式見解だのを引くどうしようもない「論文」もあったが、さすがに今は見ない。最近は、マルクス主義歴史学の受容を、思想史の観点から見直す研究も出てきているので、歴史化されたということであろう。