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ヨーロッパ中世象徴史 [Medieval History]

ヨーロッパ中世象徴史.jpg
ミシェル・パストゥロー(篠田勝英訳)
ヨーロッパ中世象徴史
白水社 2008年 351+85頁



序章 中世の象徴 想像界はどのように現実界の一部をなすか
動物
第1章 動物裁判 見せしめとしての正義?
第2章 獅子の戴冠 中世の動物たちはいかにして王を得たか
第3章 猪狩り 王の獲物から穢れた獣へ 下落の歴史
植物
第4章 木の力 物質の象徴史のために
第5章 王の花 百合形文様の中世史のための道しるべ
色彩
第6章 中世の色彩を見る 色彩の歴史は可能か?
第7章 白黒の世界の誕生 起源から宗教改革期にいたる教会と色彩
第8章 中世の染物師 神に見放された職業の社会史
第9章 赤毛の男 中世におけるユダの図像学
標章
第10章 楯形紋章の誕生 個人のアイデンティティーから家系のアイデンティティーへ
第11章 楯形紋章から旗へ 国家の標章の中世における生成
遊戯
第12章 西欧へのチェスの到来 困難な異文化受容の歴史
第13章 アーサー王に扮する 文学的人名学と騎士道のイデオロギー
反響
第14章 ラ・フォンテーヌの動物誌 17世紀における一詩人の紋章図鑑
第15章 メランコリーの黒い太陽 中世の図像を読むネルヴァル
第16章 『アイヴォンボー』の中世 ロマン主義時代のベストセラー

訳者あとがき
初出一覧
図版一覧

索引

Michel Pastoureau
Une histoire symbolique du moyen âge occidental
Paris 2004

* * * * * * * * * *

7000円と高いと思ったが、古書市場に出るのを待つのももどかしいので、えいやと購入。買って正解。素晴らしい内容と翻訳でした。なお53頁のHenri le Lionは、ザクセンのハインリヒ獅子公であろう。

著者はジャン・クロード・シュミットやアラン・ブーロー、ジェローム・バシェと並ぶ、ルゴフの高弟。高弟といっても学位は古文書学校で取得している。パストゥローの学位論文はまだ公刊されていない。なぜ公刊されていないのかというと、中世の紋章について徹底的に調べ上げた数千ページにおよぶ大部なものだからである。その梗概は『紋章学概論』という1984年の著作にまとめられている。大昔に彼の論文を何本か読んだが、古文書学校出身らしく、カンマの打ち方や名詞句の構成がかっちりとしていて、読みやすくはあった。

日本ではなぜか色彩の本ばかり紹介されてきたが、著者の出発点は紋章である。人名地名学、家系学、古銭学、紋章学は、今でこそ歴史補助学としてアカデミアで認知されているが、19世紀には素人学問として相手にされていなかった。いまでもその痕跡はあり、この手の話題には批判能力を欠いた妄想的系譜マニアがわんさと群がっている。ヨーロッパに2ちゃんに類するものがあったら、「紋章スレ」はすごいことになっていると思うよ。パストゥローの紋章学の概論は、そのような紋章学の現状を一新したものとして高い評価を受けている。昔私も買ったが、当面いらんだろうと思って実家に送り返した。

以上のような経歴ゆえに、本書の白眉は第10章とそれを受け継ぐ11章である。方法論としては、近年力を入れていた色彩を扱った6章と7章もよかった。本書で一貫しているのは、対象ではなく、対象を分析する際の象徴体系という考えである。何のことはない、いわゆる構造主義の発想で、たとえば黒という色の意味を理解するためには、黒だけのデータを集めても意味がない、他の色との関係性の中でその位置を確認すべしということである。この象徴体系は、ユングのような似非科学と違い(なぜ日本はユングを学問とみなす人間が後を絶たないのだろうか。特に教育学部)、ある特定の社会の中でしか機能しない。明言しているわけではないが、パストゥローが社会コンテクストが象徴体系を用意し、変化させると考えていることは読めば明らかである。紋章、色彩、衣服、動物の価値はいずれもそのような象徴体系を構成し、同一象徴体系の内部での差異化によって、構成要素に意味を与える。

気になるのは、時折、ゲルマン、スカンディナヴィア、ケルトが「蛮族」としていっしょくたにされることである。文明国フランスからすればどれも「蛮族」かもしれないが、著者のいう象徴体系は、少なくともゲルマン=スカンディナヴィアとケルトではおおよそ違うと思うのだが。

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