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芸術のトポス(ヨーロッパの中世7) [Medieval History]

芸術のトポス.gif
原野昇・木俣元一
芸術のトポス(ヨーロッパの中世7)
岩波書店 2009年 ix+315+5頁

序章 中世芸術に近づく、中世芸術が近づく

第1部 社会のなかの文学 フランスを中心に
はじめに 文学の場
第1章 文学の場としてのキリスト教
第2章 文学の場としての宮廷
第3章 文学の場としての農民と都市民

第2部 人間とイメージ 中世美術へのアプローチ
第4章 場所と空間
第5章 物語と時間
第6章 言葉とイメージ
第7章 見えるものと見えないもの

終章 ホモ・フィンゲンス(表象する人間)

参考文献
索引

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本シリーズも6冊目。毎月末、半年にわたって西洋中世研究の啓蒙書が出続けているわけである。欧米でも先例がないので、よく考えるとすごいことである。日本特有のヨーロッパ幻想のなせるわざか。

このシリーズは基本的に歴史家が執筆者なのだが、本巻はフランス中世文学と中世美術の専門家による。異色だが、それがシリーズの売りでもある。今月、学際を売りにする西洋中世学会も発足したことだし、ちょうどよい頃合だったのかもしれない。

第3巻も複数の執筆者による共著であった。こちらは各部が政治・社会・文化という枠で縛られていたが、この芸術の巻はとくにそのような枠があるようには見えない。二人の著者が独立して自由な章立てをおこなっている。以前、中央公論社から出た、佐藤彰一・池上俊一『西ヨーロッパ世界の形成』(1997年)と同じようなつくり。もちろん「社会のなかの芸術」という大きなくくりはある。

第一部は「文学の場」という観点から、中世フランス文学を見直すという内容。ここで言う文学の場とは、「作者が作品を生み出す場、語り手など媒介者の場、聴衆や読者が作品を鑑賞・享受する場」のことである。文学社会学とまではいかないが、従来のフランス文学史と銘打ったブンガク通史とは一線を画する内容。文学の筋道を要約で愉しんだ後に、テクストから生まれる問題と向き合う。当初、中世フランス文学を中心にということで、ドイツやイギリスやスペインはどうすんのかなあと思ったが、これはこれで統一性があり読み応えがあった。前にも書いたが、中世フランス文学は他の中世文学と比べて研究者の質が圧倒的に高い。それはフランスでテクスト校訂作業に携わった経験のある研究者が多く、現地の水準を知っているからである、と思う。原野も『狐物語』の校訂作業に従事している。個人的に付け加えるべきかと思ったのは、中世フランス文学は、他の国の中世文学に比べると高い影響力を持っていたということ。各国の中世文学は、そのかなりの部分、中世フランス文学の翻訳や翻案である。なぜそのような中世フランステクストの覇権が可能であったのか、単純に興味はある。

第二部は中世美術の概論だが、従来型の通史、たとえば吉川逸治柳宗玄のそれとは大きく異なる。様式に基づく通時的な列挙ではなく、テーマによる図像テクストの分析。とても斬新に見えるが、どうも英米系の美術史は、本書のような構成をとる方向に流れつつあるらしい。先日とどいたSusie Nash, Northern Renaissance Art. Oxford UP 2008も似たような章立てだった。中世美術の読み方を単にイコノロジー/イコノグラフィーとしてではなく、観者の視線といった認知心理学的な視点から提起する。美術史もいっとき図像とは直接関係のない社会経済的背景であるとか受容プロセスに関心が移っていた時期があるが、認知心理学は図像テクストそのものに研究の重心を移させるのではないか。特筆すべきは、これまでの巻が比較的大上段な構えであったのに対して、木俣は読者との対話風に話を進めていく。教養読者層に話しなれている感じがする。

ブンガクやビジュツという言葉は、すでにそこにある種の審美基準にしたがった分別をともなっている。その基準と言うのは、所属する共同体の価値体系の変化にしたがって一定しないものなので、まずは中世の「芸術」とは何かという問題がつきまとう。著者はいずれもそれを意識していないわけではないが、なかなか難しい問題である。また、これも二人とも理解した上で話を進めているが、取り上げる内容は、おおよそキリスト教の影響下にあるものに限られる。やはり中世=キリスト教かね…。

さて、誰しも気づくことであるが、芸術の巻であるにもかかわらず、文学、美術ときて音楽がない。日本に音楽学者がいないわけでもないのだが、中世音楽で一般書を書くのは難しいのだろうか。

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