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ビザンツ皇妃列伝 [Medieval History]

ビザンツ皇妃列伝.jpg
井上浩一
ビザンツ皇妃列伝 あこがれの都に咲いた花
白水社Uブックス 2009年 295頁

皇妃たちの生きた世界 ビザンツ帝国へのいざない
1.アテナイス・エウドキア(401-460年) ふたつの世界を生きた悲劇のシンデレラ
2.テオドラ(497頃-548) 「パンとサーカス」に咲き残った大輪の花
3.マルティナ(605?-641以降) 近親相姦の罪に泣いた心優しい姪
4.エイレーネー(752頃-803) 権力の魔性に溺れた聖なる母
5.テオファノ(941頃-976以降) 戦う男たちを飾る妖しい花
6.エイレーネー・ドゥーカイナ(1067-1133?) 新しい時代を生きた名門貴族の令嬢
7.アニェス・アンナ(1171/2-1204以降) ふたつの祖国を喪ったフランス王女
8.ヘレネ・パライオロギナ(?-1450) 謎に包まれた最後の皇帝の母

地図
本書のなりたち あとがきにかえて
白水Uブックス版へのあとがき

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もともと筑摩から出ていた本の復刊。Uブックスにふさわしい品のある読み物である。

今や日東西を問わず女性史研究やジェンダー研究は華やかであるが、日本の中世史家で実践しているものはそれほどいない。少なくとも研究の名に値する成功例をわたしはほとんど知らない。これはジェンダー研究者がちょっとナニがアレというより、史料の問題である。

列伝とあるが、単なる人物伝ではない。通読すれば、ビザンツ帝国の黎明からその滅亡にいたる千年の歴史をおおよそ理解することが可能になる、よく練りこまれた構成である。名著と言ってよい。これは井上が幾度となくビザンツの通史を執筆し、個人史の背後に横たわる歴史的社会変化を自分のものとしているからであろう。おおよそ年代記に限定されはするが、至るところに適切な原典資料の翻訳を挟み込むそのやり方もうまい。長年の研究経験がなければそうはいかない。以下は著作一覧。

1.『ビザンツ帝国』(岩波書店 1982年)
2.『生き残った帝国ビザンティン』(講談社現代新書 1990年)
3.『ビザンツ皇妃列伝』(筑摩書房 1996年)
4.『ビザンツとスラヴ』(中央公論新社 1998年)
5.『ビザンツ 文明の継承と変容』(京都大学学術出版会 2009年)

1で社会経済史を、2で政治的通史を、3で女性史を、4で対外関係に配慮した通史を、5で社会史というように、井上は毎回異なる視点からビザンツ千年の把握を試みている。あとは教会史があればコンプリートだろうか。ついでに言えばすべて違う出版社から刊行されている。著名出版社を総なめである。

皇妃たちの心の中にまで踏み込むのは確かに歴史家としては勇気のいることであるが、それは小説家のような想像力とは異なり、あくまでも歴史資料による間接証拠をもってしてである。ヨハンネス・フリートがその論争的なドイツ初期中世史の概観の中でカール大帝に語らせたのと同じ作法である。論文としてはアウトであるが、読み物であるならば、一つの選択肢かもしれない。すくなくとも読者が歴史に遊ぶための仕掛けではあろう。



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